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トイアンナ

トイアンナ

慶應義塾大学卒。P&Gジャパン、LVMHグループでマーケティングを担当。独立後は主にキャリアや恋愛について執筆しつつマーケターとしても活動。新著『モテたいわけではないのだが ガツガツしない男子のための恋愛入門』が2万部を突破。 ブログ:「トイアンナのぐだぐだ」 http://toianna.hatenablog.com/ Twitter: https://twitter.com/10anj10

2019年10月2日

キラキラの裏は泥まみれ。弱みと向き合い降りた出世街道【キャリアの傷痕】第1回

キラキラの裏は泥まみれ。弱みと向き合い降りた出世街道【キャリアの傷痕】第1回 (ジョイキャリア)トイアンナ

トイアンナさんによる連載「キャリアの傷痕」第1回。トイアンナさんは外資系企業でのマーケターの経験などを経て、ライターとして独立。恋愛コラムや就活記事を中心に執筆活動を続けられています。

この連載では「キャリアに傷がない人間なんていない。でもそこから得る“ジョイ”があるはず」という観点で分析・取材を進めていきます。

「キラキラした仕事がしたいので、御社を志望しました!」
一点の曇りもなく放り込まれる笑顔。最初は事情も知らないで……と腹も立てていたが、今は「いいよねえ、若い子は……」なんてみずみずしさを感じてしまう。

私が新卒で入社したのは、誰もが憧れる外資系メーカー。死にもの狂いで働いて、別の業界へ転職。その会社も、業界トップ。キラッキラに輝く履歴書は、私の実像からかけ離れていた。

そんな経歴もあってか、私のもとにOB・OG訪問してくれる子は、みんな輝いている。その中には、輝いていないと死んでしまいそうな危うい光もある。

「私は、これまで負けたことがないんです。だから自分に自信を持っていて、これからも歩いていけるんです。負けることは許されないんです」

という、張り詰めた雰囲気。そんな学生を目の前にすると、かつての自分を思い出すから、とびきり優しくしようと思う。

協調性は、私の敵だった

 ハードに見える外資系、でも協調性を求められない良さもあった

ハードに見える外資系、でも協調性を求められない良さもあった

「本当はさあ、知的障害なんじゃない? 一回脳の検査受けたら?」

(この人めっちゃ放送禁止用語言うじゃん……)と心の中で突っ込みながら、私は上司に詰められていた。2019年現在はそんなこともないと思うが、私が入社した当時の外資系企業は似たり寄ったり。

外資勢で顔を合わせてご飯をすると”さすがに体を蹴るとHR(人事部)に怒られるから、蹴っていいのは座っている椅子まで”とか、”目の前で書類を破られ、ゴミ箱に捨てられた。あまりに怒っているパフォーマンスが大げさだから笑っちゃって、余計に怒られた”なんて物騒なネタで盛り上がった。

日系企業も激務高給の会社はどこも似たり寄ったりで、人間って長時間働きすぎるとアホになるのかな、なんて考えていた。

それでも私は仕事が大好きだったし、会社で働くのも好きだった。なぜならそこには「協調性」がなかったからである。

冒頭の会話を見ての通り上司にも協調性がないから、部下もそれなりに適当でよかった。服装自由、上司への反論もオッケー。悪く言えば無法地帯、よく言えば自由の地。それが私の職場だったのだ。

協調性を求められて崩れるキャリア

多様性の中で育つと、協調性のゴリ押しはきつい

多様性の中で育つと、協調性のゴリ押しはきつい

私はサバンナのような職場ですくすくと育ってから、協調性を最大限求められる職場に転職した。アホである。なぜこんな選択をしたかというと、「自分が協調性を発揮しつづける状況」にいたことすらなかったから。

転職しても、2社目で協調性を発揮し続けることがどれだけ苦痛となるか、想定していなかったのである。

もとをたどれば、私は小学校で協調性がなさすぎていじめられていた。だが、私は自ら学校の掲示板に「いじめがあります」と張り紙をし、校長にまで訴えて解決してきた。

その後は彫刻刀で刺されたので、椅子を投げつけてやり返した。自分を排除する人間には、全力でやり返してきたのだ。

そして中学からは学校、ネット、部活以外のサークルと、さまざまなコミュニティにいた。協調性がない自分を「いいね」と言ってくれる友達にも恵まれ、多様性の中ですくすくと育ってしまった。

転職時にはよもや、協調性をゴリゴリ発揮する環境が、それも外資にあるなんて思わなかったのだ。

2社目で「こういうときは〇〇が常識でしょ」と、社内ルールをまるで宇宙の真理のように信じてやまない上司に私は疲弊していたし、上司は上司で困っていたと思う。

私は半角スペースと全角スペースの差でキレる上司に辟易していたし、上司もよもや中途社員で、名刺の渡し方も知らないやつが来るとは思わなかっただろうから……。(2社目の外資では、名刺をダーツのように取引先へ投げて渡す社員までいた。そこはサバンナだから仕方ない)

上司も私もギリギリまで削られていた。あと1年一緒にいたら、どちらかが鬱になったと思う。偶然私が前夫の転勤に帯同するため会社を辞めなければ、両者相打ちとなっただろう。

できないことを理解して、楽になる

今のつらさも、嫌なことを知り楽しく働くための糧にできるかも

今のつらさも、嫌なことを知り楽しく働くための糧にできるかも

それから何度も、協調性を求められる場面で私は苦戦した。宴会芸でスベり倒し、気難しい社員に気に入ってもらえず。自分のコミュニケーションが下手なだけだと思っていた。頑張ればどうにかなる、と信じていた。

キラキラしたキャリアに、しがみつきたかったのだ。私は負けることを恐れていた。

けれど、できないところがあっても、しょうがないんじゃない? と、壁にぶつかって泣くたびに、少しずつ悟る自分がいた。協調性がないって、最初からわかっていたでしょ。そこで弱点にフォーカスするよりも、強みを伸ばしたほうが成功しやすいんだよ、と。

よし、最悪出世できなくてもいい。私は楽しく働こう。そう覚悟を決められたのは、ようやく今年だった。もう32歳で、ちっとも若手ではない。私はきっと、普通の人が歩くような出世街道は歩けない。

けれどもプロジェクトを詰め詰めして前に動かすことはできるし、マーケティングの戦略立案は続けてこられた。何より、それが楽しい。

だったら、肩書きは何でもいいんじゃないか。結果よりやっていることが楽しいんだから。

そう思えたときに、キャリアの傷は「傷痕」に変わったと思う。世間から見たら転び続けているように見えるかもしれない私の人生も、本人にとっては楽しいあぜ道なのだから。

編集後記

「キャリア」の語源は馬車などが通ったあとにできる「轍(わだち)」。つまり、キャリアはこれから先にではなく、自分が行動したあとに振り返ればできあがるもの。

トイアンナさんのようにつらい経験も「キャリアの傷痕」と振り返り、自分が苦手なこと・得意なことを整理するきっかけにできるといいですよね。

次回は、「海外で働けば自分は変われるとアフリカに飛んだものの1週間で帰国した男性」への取材からキャリアの傷痕を考えます。
お楽しみに!

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慶應義塾大学卒。P&Gジャパン、LVMHグループでマーケティングを担当。独立後は主にキャリアや恋愛について執筆しつつマーケターとしても活動。新著『モテたいわけではないのだが ガツガツしない男子のための恋愛入門』が2万部を突破。 ブログ:「トイアンナのぐだぐだ」 http://toianna.hatenablog.com/ Twitter: https://twitter.com/10anj10

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