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ヒゲピカ

ヒゲピカ

長年のライター経験から裏打ちされた洞察力、ロックDJとしての審美眼を兼ねたお髭のマツオカと、元お笑い芸人ゆえの独創的な発想力を活かした切り口のインタビュー&ライティングに長けるハヤシモトケイスケによるユニット。この出鱈目な世の中で、真実に向かい吠える二匹の狼。

2018年11月16日
ツワモノたちのセカンドキャリア

ゴミ清掃員 滝沢 秀一(太田プロダクション お笑いコンビ マシンガンズ )ツワモノたちのセカンドキャリア vol.2

華やかなイメージと、過酷な生き残り競争のイメージが渦巻く芸能界。そんな世界にひとり、お笑い芸人をやりながらゴミ清掃員としても働いている男がいる。痛烈な切れ味で毒舌を吐く攻撃的な芸風で知られる、お笑い芸人・マシンガンズの滝沢 秀一氏だ。そして現在、そのゴミ清掃員としての経験を綴った「このゴミは収集できません」(白夜書房)が異例の大ヒットとなり、ゴミ清掃員としてふたたび滝沢氏に注目が集まっている。

お笑い芸人「マシンガンズ」誕生まで

漫才コンビ『マシンガンズ』の歴史を懐かしそうに語り出す

現在、お笑い芸人とゴミ清掃員の二足のわらじで活躍する滝沢氏は、98年に相方・西堀 亮とのお笑いコンビ『マシンガンズ』を結成。芸能界の荒波のなか、紆余曲折の芸人人生をスタートさせた。

「芸人になる前、大学生時代は教員を志していたんです。意外と真面目でしょ? でも、徐々に『芸人になりたい!』っていう気持ちがこみ上げてきて…すでに教育実習も決まっていたんだけど、それに行ってしまうと教員としての人生が始まってしまう。だから、きっぱりと教育実習には行かずに芸人の道へまい進することに決めたんです。今、考えるともったいない決断だったかもね(笑)」

芸人の道を志した場合、お笑いの養成所に入るのがセオリーになり始めていたこの時代。滝沢氏も例に漏れず、お笑いのカルチャースクールに通い出すことになる。

「単純に値段が安かったからそこに決めたんです。でも、入ってみると生徒はおじさん、おばさんしかいない。『プロになりたい』というより『お話上手になりたい』とか『ビジネスにユーモアを取り入れたい』みたいな人たちが受講する学校だったんです。そこで僕と同じく『入る学校を間違えたなぁー』という顔をしている相方と出会ったんです。もう若いのが僕らしかいないもんだから『じゃあ、コンビ組む?』みたいな、割と消極的なコンビ結成でした(笑)」

カルチャースクールを卒業後、とある事務所に1年ほど在籍。そして現在の所属事務所である太田プロダクションの門を叩くことになったのは滝沢氏が23歳の時。お笑いの世は空前の“ボキャブラブーム”が終焉し、次の“オンバトブーム”が到来する前。まさに下火な芸人にとっては厳しい時期であった。

「履歴書送ったら、太田プロの養成所の入学を薦められたんです。だから気付かないふりしてもう一度履歴書送ってやりましたよ。だってもう学校には行きたくないじゃない、お金もかかるし。そしたら無視されちゃったので、さらにもう一度送りつけて(笑)。

すると、あまりにもしつこかったからか、1回だけネタを見てくれることになってね。そこで『じゃあ、来週までにネタを直してきてまた見せて』といわれて…結局、うやむやなまま、いつのまにか事務所に入ることになったのよ」

“売れない若手芸人”としての生活

滝沢(左)と西堀(右)による漫才風景

都内でのライブ出演、イベントでの営業などのギャラは、雀の涙ほどしかもらえない芸人の下積み時代。実家に住んでいたというのもあり「金はなかったけど飢え死にはしない」という環境だったと話す滝沢氏だが、実はこの頃から、すでにお笑いだけで食べていくのは難しいと感じており、密かに小説の執筆を始めていたのだという。

『何かお笑い以外の特技を見つけなきゃいけない』と、ずっと思っていて、昔から本が好きだったので小説を書き始めてみたんです。文章が書ければ雑誌のコラムとかでも役に立つし。僕は元々、副業をするということに関してはあまり抵抗がなかったんです。もちろん、お笑いだけで食べていくのがベストだけど、なかなかそうはいかないしね」

その後、この磨き続けていた特技が世に認められ、とある文学賞を受賞。小説「かごめかごめ」(双葉社)を発表することになるのだが、それはまだ先の話。結婚を機に実家を出た滝沢氏は、アルバイトで生計を立てながら芸人を続ける。

「30歳を過ぎると、なんとなく“実家にいてはいけない空気”を感じ始めてね。結婚するタイミングで実家を出たんです。そこからは先輩の紹介で深夜の居酒屋で働いたり、道でマンションなんかの看板持ちもやりました。椅子に座って看板を持ってるだけの仕事です。

本を読みながら持っているだけでいいんですけど、1度雪が降った時にあまりの寒さに新聞紙を何枚も丸めて頭から被って眼だけ出して暖をとっていたの。そしたら苦情が来ちゃってメチャクチャ怒られたね。

アルバイトはなるべくしたくなかったね。ちゃんとした副業でもなく芸人として生活するために、嫌々日銭を稼ぐのは格好悪いし嫌だったんです。

“エンタブーム”で一躍人気芸人へ

毒を吐き、悪態をつく漫才スタイルがついに実を結ぶ

マシンガンズの代名詞ともいえる“Wツッコミ”漫才。滝沢・西堀の両名が、矢継ぎ早に世の女性に痛烈な毒舌を浴びせるスタイルの漫才だ。この漫才で『エンタの神様』(日本テレビ)を始め、様々な番組に出演。ついにマシンガンズの人気に火がつくことになる。

「当初は普通にボケとツッコミで漫才をしていたんです。ボケとツッコミを入れ替えたり試行錯誤をするも、なかなかウケなくて。でも、3回に1回くらいウケちゃうのよ。まったくウケなかったらとっくに芸人は辞めちゃってたと思うけど“当たり”があるから辞めるに辞めれない。神様って残酷だよ、本当に辞めようと思うと少しだけ救いを与えてきやがるの。延命措置を施してきて死ぬに死ねないんだもん。

それで、8年目前後になると、徐々に仲の良い同期がテレビに出始めてきて、苦戦しているのが俺たちくらいになってきた。それで『いよいよヤバいな』と焦り始めて、前々から考えていた“Wツッコミ”のスタイルを試してみたんです。『どうせもうダメなんだから、漫才で好き勝手に世の中の気に入らないことに文句をいいまくってバッと辞めてやろう!』と思っていた」

しかし、その背水の陣によって見事、大きなチャンスを掴んだマシンガンズ。『M-1グランプリ』でも準決勝まで進み、人気は最高潮を迎える。

「『エンタの神様』に出始めて、徐々に人気が出てきた。今までほとんど無かった若い女の子の黄色い声援や、ライブ後の出待ちなんかも増えてきて。テレビでネタをやる機会や、営業の数もグンと増えたから、その分忙しかったけど当時は結構お金持ってましたね。

嫁と決めた我が家のルールは『毎月12万円、必ず家にお金を入れる』だったんだけど、それを引いても全然余裕。ぼろ儲けだよ!(笑)でも、何より純粋に“お笑いで食ってる”というのが当時は嬉しかった」

ブーム終焉。生活の為ゴミ清掃業に就職

もう1つのステージ衣装“ゴミ清掃員”のユニフォームを纏う

永遠に続く物などこの世には無い。『エンタの神様』から端を発した空前のお笑いブームにも陰りが見え始め、滝沢氏たちのマシンガンズにも、その影響が徐々に現れてきたという。

「『エンタの神様』が終わり、お笑いブームが終わっていっても、すぐに仕事は無くならなかった。だから『まだ大丈夫、まだ大丈夫』なんていいながら気付かないふりをしているんだけど、それはまさに、真綿で首を絞められているが如く、徐々に息ができなくなってくる感じ。段々と“リアル”が足音を立ててやってきた。

『いよいよマズい!』と感じて、古着の転売なんかにも手を出したんだけど、労力のわりには儲けが少なく、数が月で“滝沢商店”店じまい(笑)。でも、そんな時に待望の子供を授かり、出産費用をどうにかしなきゃいけないとなって。アルバイトも探したんだけど、35歳を超えるとアルバイトって全然採用されないのよ。

9社くらい断られて八方塞になっていた時、昔の知り合いがゴミ清掃員をやっていて、そこで働かせてもらえそうだったから思わず飛びついたんです。なんと即採用してくれて、翌日にはすぐに働き始めました」

子供のため、生活のため、生きるためにゴミ清掃員としても働き出した滝沢氏。だが、ゴミ清掃員としても働き出したことによって、彼の生活は一変することになったのだ。

「ゴミ清掃員は勤務前にアルコールチェックがあるから、仕事の前日にお酒は飲まなくなった。芸人だけやってた頃は、泥酔するまで飲むほど酒が好きだったけど、今はお酒自体弱くなっちゃったので、飲みたいとも思わなくなってきました。

仕事も体力勝負だから、食事は毎朝、カレーを2杯たいらげて出勤。朝早く起きて食事をしっかりとり、運動(ごみ清掃)もするから、まぁ健康的な生活になりましたよ。嫁も僕のこと、人が変わったんじゃないかって思ってるでしょうね(笑)」

そして働いていくなかで、次第にゴミ清掃員の仕事に「楽しさを見出してきた」と語る滝沢氏。

「楽しくなったきっかけは、単純に肉体の疲労が凄い仕事なんです。集積所と集積所の間を走らなきゃいけないし、現場で初めて一緒になる人に気をつかう。働きだしてしばらくしたある日、目が真っ赤になってきたんですよ。

「『病気かな?』と思って調べてみたら、どうやら体中の毛細血管がブチ切れて、最後に目の血管が切れちゃってた。原因は過度な運動が原因。結果、漫才も全然受けない。そりゃそうですよ、目が真っ赤でフラフラしている奴がお笑いやってても笑えるはずがないもん!

それで改めて、大変な仕事だと感じたんですけど、せっかくやるんだったら、色々勉強したり楽しんだりしたほうがいいなと思えてきて。今まで知らなかった世界の経験をしている訳だから、次々に新しい発見や面白さが見つかるんです。“真夏の暑さ対策”なんかを考えることも楽しくなってきて。今年は空調服を手に入れたんですよ、服についたファンが回って風通し最高なの! みんな、あれはオススメですよ」

書籍の発売

読みやすくもクセのある文章は滝沢氏の真骨頂

冒頭にも書いたが、現在滝沢氏の著書『このゴミは収集できません』が空前のヒットとなっているのだが、最初から書籍化を狙ってゴミ清掃員になったのではない。ツイッターに日々のゴミ清掃員としての生活をまとめていたところ、偶然にも出版社の方から声が掛かったのだという。

「事務所の先輩である有吉さんが面白がってくれてリツイートしてくれたのがやはり大きかったですね。それで一気に世の中の目に触れる機会がめぐってきたんだと思います。今では足向けて寝れないですよ、有吉さんには(笑)

相方の西堀はどう思っているのかな? 若い頃だったらお互いのピンの仕事に嫉妬心が芽生えたのかもしれない。でも、長年付き合ってきた仲だから、今さら嫉妬なんかないのかな。片方が売れたら片方を引っ張っていけばいいしね。マシンガンズはお互いおんぶしたりされたりする、そんなコンビ。

西堀も今ドラマで俳優をやっているから、この本がもしドラマ化されたりなんかしたら、俳優として出たら面白いね。そんな奇跡でも起きないかなー?

書籍が好評のおかげか、芸人の仕事にも気持ちの変化が表れているという。

「今、仕事の割合的には1(芸人):9(ゴミ清掃員)。金曜はラジオがあるからお休みもらってるし、ライブは夕方が多いので出演できている。それ以外はほぼゴミ清掃員として働いています。

気持ち的な変化といえば、テレビや舞台であまり緊張しなくなったかな。たとえボケでスベッても「まぁ、俺はゴミ清掃員としては正社員だし!」と、肩ひじ張らずに自然でいられる。このリラックスできたスタンスで人前に立てることが芸人では意外に重要だったりします」

どんな仕事も楽しみを見つける

マシンガンズ滝沢氏

自身の経験から“仕事を楽しくする方法”を導き出す

ここまで聞いてきた、マシンガンズ滝沢氏の仕事に対する姿勢や思い。そこに我々一般の仕事で働く人にも何かヒントや役立てることはないだろうか?

「どんな仕事でも大変なのは一緒だから、何か“楽しいこと”を見つけるのはいいと思う。僕みたいにSNSを使って悪口や愚痴だけじゃなくて、何か自分だけの楽しいことを発信してみたり。もしかしたら、それで誰かが喜んでくれるかもしれないし。

兼業に関しても、会社の都合もあるだろうけど、みんなもっとやっていったらいいと思う。昔と違って働き方の形も“ひとつの仕事だけにこだわる”必要なんて絶対ないですし。それが息抜きになったり、新たな刺激にもなって、相乗効果のようにどちらの仕事も楽しんでできるようになると思うんだよね」

仕事の楽しさを見つけて、仕事を楽しむ精神を持つ。たとえば何となく書いている書類、作っている部品、そのひとつをとっても、「なんでこれが必要なのか? もっとこうしたら便利ではないのか?」と日々思いをめぐらせ興味を持つことが大事だと、滝沢氏はいう。

「あと、この本を書いて強く感じたのは、『先輩が真似できないことを見つけて、そこを伸ばしていく』のが重要かもしれない。真似できないことに長けていれば先輩からも一目置かれることができる。先輩もその分野に関してはこっちを頼って来てくれるようになるしね。

後輩に声優の野沢雅子さんのモノマネが上手い『アイデンティティ』という芸人がいる。自分にできないことをやっているから、やっぱり一目置いているし応援もしている。求められるようになれば、仕事も自然と楽しくなるし、責任感ややる気も出てくるものだと思う。

僕はこれからゴミ清掃員としての肩書を活かした芸人の仕事にチャレンジしていきたいと思っています。今考えているのが、海辺に子どもたちを集めて『はい、これは燃えないゴミですよー』みたいにゴミの分別を子どもたちへ優しく教えていくような仕事がしたい。

“毒舌漫才”やってたころとは180°真逆の仕事でしょ。でも元々教員を志していた人間だから、もしかしたらこっちの方が性に合っているのかもね(笑)」

LECオンライン(東京リーガルマインド)

清掃員の仕事について詳しく知るには職業ナビ!
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【取材後記】

気負うことなく、そして悲壮感など皆無で、芸人の仕事とゴミ清掃員の仕事を自然体で楽しんでいる様子が滲み出ていた滝沢氏。辛い仕事や職場だからこそ“楽しみを見つける精神”。非常に大事なことだと感じました。

インタビューをした私も実は元・芸人。あの頃、深夜の2時過ぎに「おーい、飲みに行こうぜぇー!」と誘ってきた先輩“酒好き破天荒芸人・滝沢 秀一”が、今やゴミの清掃員をしながら規則正しく生きているなんて…人間の人生というのは本当に分からないものなんだと思いました。

そして、衰えを見せない本の売れ行き、それに比例して“ゴミ芸人”としてのメディア露出が多くなってきた滝沢氏。相方の西堀氏も、嵐の大野智さん主演ドラマ『世界一難しい恋』(日本テレビ)で俳優として出演するなど、お笑いだけではないマルチな活躍で、マシンガンズがふたたび脚光を浴びる日も近いのではないかと強く感じます。

【滝沢 秀一さんの紹介】

滝沢 秀一/太田プロダクション所属 マシンガンズ

東京都出身。1976年生まれ。1998年に西堀 亮とお笑いコンビ『マシンガンズ』を結成。『THE MANZAI』2012.14年認定漫才師。マシンガンズ名義として『女はみんな同じ教科書を読んでいる。』(幻冬舎)、滝沢 秀一名義として『かごめ かごめ』(双葉社)『このゴミは収集できません』(白夜書房)の著書がある。“Wツッコミ漫才”で注目された後、生活のために、芸人をやりながらもゴミ収集会社に就職。

滝沢 秀一さんさんの関連リンク集】

・株式会社 太田プロダクション
https://www.ohtapro.co.jp/
・マシンガンズ滝沢Twitter
https://twitter.com/takizawa0914?lang=ja

LECオンライン(東京リーガルマインド)

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