この記事を書いたライター

伊藤璃帆子

伊藤璃帆子

芸術大学で美術、写真を学び、ITマーケティング会社を経て、独立。現在フリーでライター、編集、撮影、イラスト、フードスタイリングなどを手掛ける。

2019年1月11日
ミレニアルズワーク〜未来と直面する世代のワークスタイル

漫画家 吉谷光平(『今どきの若いモンは』著者)/Twitterで251,000いいね獲得した漫画家に聞く、安定した仕事から漫画家になるまで

自分のやりたいことがわからない。将来の夢や目標がない。そういった悩みを抱える若者が増えていると聞く。自分にあった仕事を選ぶことができず、就職活動時期から悩む人は多いだろう。お金やキャリアに保守的だといわれるミレニアル世代(1980〜1999年生まれ)の若者たちは、どのようにして自分の職業を選んでいるのだろうか。

今回は漫画家・吉谷公平さん(28)に話を伺った。Twitterで251,000いいねを獲得後、コミックス化された人気漫画『今どきの若いもんは』が話題になり、現在も漫画サイトや書籍での連載が続いている。 ミレニアル世代である吉谷さんが『漫画家』という安定とはかけ離れた職業を選んだ経緯はどのようなものだったのか。

安定の人生を送りたい。それが僕たち世代

仕事の打ち合わせで使う喫茶店で

安定した企業に就職しなければダメな人生になるんじゃないか。僕たち世代にはそういう気持ちの人が多いと思います。僕も大学3年生で就活をはじめて、4年生には数社から内定をもらっていました。安定した仕事に就きたいなと思っていて」

漫画家・吉谷光平さんはそう話しはじめた。
幼い頃から漫画が好きだった吉谷さんは、初めから漫画家を目指していたわけではないという。

子どもの頃から絵を描くのは好きだったが、美大出身のデザイナーである母に、絵の才能がないと言われたことを素直に受け入れてしまったそうだ。

そうして高校生のときはサッカー部で汗を流し、文系大学の経済学部へと進んだ彼は、大学で暇を持て余したのち、好きだった漫画を描きはじめた。せっかく描いたのだからと、ダメ元で出版社へ持ち込んだ。2作品目で小さな賞を受賞。手応えはあったものの、漫画で食べていくことができるとは考えず、周りの学生と同じように就活をした。会社勤めで安定的な収入を得ながら漫画を描き続ける道を選んだのだ。

漫画家になったのは逃げだった

ネーム(絵コンテ、コマ割りなどラフ)をめくる吉谷さん

「大学卒業後は不動産会社に就職したのですが、自分が予想していた以上にキツかったんです」

不動産関連会社の営業マンは日中に外で接客をし、夕方から夜に事務所に戻って事務作業をすることは珍しくない。新卒で入社した吉谷さんは、残務に追われる先輩たちが退社するまで帰ることができなかった。

仕事の時間が長いことや、接客業に不満があったというわけではない。ただ、社会人として様々な関係者と共存していく中、自分の本当の気持ちと折り合いがつかず、徐々に息苦しくなっていくことがあるのだ。

うつ病になりかけた吉谷さんは会社から逃げることを選んだ。

「初めは3年ほど働いてお金を貯めながら漫画を描き続けるつもりだったのですが、ここから逃げないと死んでしまうと思うようになりました。漫画家になりたかったから辞めるということではなく、ただ会社から逃げようと思ったのです」

会社の休み時間に漫画を描いては出版社へ持ち込み、入社2年目で退職した。

もう漫画で生きていくしかない!

好きなことでお金をもらえるのは天国だった!

退職して、俺はもう逃げ場がないなと思いました。きちんとした仕事をして安定した人生を送りたいと、ずっと思っていましたから。冷静にいま考えれば、それは極端だったとは思いますが、そのときは、就職がダメだったのだから、もう漫画で生きていくしかないんだって……」

「でも、すごく追い詰められていたわけではないです。誰にも期待されていない。自分でも期待なんかしていない。好きなことをやってみて結果がダメかもしれない。でもダメじゃないかもしれない。だったら、やってもいいんじゃないかって」

退職して一ヶ月ほど休養したのち、ダメ元でも好きなことをやってみようという気持ちは固まっていた。漫画家のアシスタントをするために、会社勤めの間に貯めていた貯金をはたいて上京。日雇いバイトとアシスタントを掛け持ちしながら生計を立てた。

漫画アシスタントの平均就労時間は12時間。長時間労働ではあったが、大好きな漫画を描いてお金をもらえる。吉谷さんにとって楽しい仕事となった。数名の漫画家アシスタント職を転々としながら自分の作品を作り続け、徐々に自分の連載を持てるようになり、独立を果たした。

漫画家として独り立ちできた秘訣を聞くと、意外な答えが返ってきた。

営業をやっていた経験は役立っています。出版社の担当1人に「面白くない」と言われても100人目の担当が「良い!」と言ってくれることがあるかもしれないじゃないですか。面白い、面白くないは人それぞれの主観ですから。

漫画を描くのに1日10時間頑張っても1ヶ月はかかります。描くより営業するほうが楽ですよ」

自分のことを「ポジティブ」と書かないでほしいと笑いながら話す吉谷さんは、後ろ向きで前進するようなタイプなのだという。

漫画家の1日

一番好きなのはネームを描くこと

吉谷さんの1日のスケジュールはこのようになっている。

07:30〜08:00 起床
08:00〜11:00 喫茶店でネーム(漫画の設計図となるもの)描き
11:00〜20:30 自宅に戻り、アシスタントと絵を描く作業
0:00 就寝

基本的に土日などの定休はなく、ほぼ変わらずこのスケジュールで制作をしているという。ネタは自宅で観るドラマやネット番組が主で、集中しなければならないネーム以外の作業時間はドラマを見ながら、会話をしながら、飽きがこないように工夫しながら進める。

たまの息抜きはキックボクシングと美味しい食事。妻に誘われて始めたキックボクシングのおかげで肩こりが解消され、今では週に2、3度通うほどだという。

日々心がけていることを聞くと、興味深い答えが返ってきた。

できるだけ気持ちをフラットにするようにしています。嬉しいことがあってもさほど喜ばない。悲しいことがあっても同じ。やる気があろうがなかろうが同じ。感情の起伏があると描けなくなってしまう。反響が良くない、売れないという結果に影響されて手が止まっては仕事にならないのです」

クリエイティブな仕事をする人は、感受性の豊かさが求められるように思われがちだが、吉谷さんの場合、少し違うようだ。仕事として日々制作し続けるための、吉谷さん流の工夫なのだろう。

多面的に描くから人間になる

「良い人も悪い人もいないと僕は思う」

会社員時代、吉谷さん自身も「ゆとりだから……」と言われることがあったという。言う側の気持ちもあるだろうが、言われる側は良い気持ちではない。しかし、吉谷さんはあくまでフラットにこう語る。

「目上の人の常識をこちら側から変えることは不可能です。でも、そのことで過度に反応している人が多いと思います。飲み会はパワハラだとか。でも、飲みに行って良いこともあるじゃない? って」

「絶対に悪い人、絶対に良い人なんていません。世代間のギャップがあって、その人、その場の正義があるから摩擦が起こるのですが、話せばわかりあえると僕は思っています。自分側から見える上司の面が厳しくても、家に帰れば良き父かもしれない。人は多面的です。漫画のキャラクターも、多面的に描くと人間らしくなっていきます」

自身の作品についても、読み手によって様々な解釈ができる余地のあるものにしていきたい思いがあるという。

吉谷さんのフラットな視点がとらえる現代人の姿は「常識」というヴェールを一枚はがされ、読者に寛容さを与えてくれる。

吉谷さん流 仕事を楽しむ秘訣

好きなことを仕事にするから楽しい

仕事は楽しいか尋ねると笑顔でこう答えてくれた。

仕事、楽しいです。楽しいことしかないです。好きなことやっているから。自分の作品が書店に並んでいるのを見ると、『生きているな』と実感します。もし、本当に好きなこと、やりたいことを諦めてしまっている人がいるなら、もったいないよと言いたいです。やってダメでも良いじゃないですか。まずやってみてほしいですね」

好きなことを仕事にする。現実的に難しいことはあるだろう。しかし、吉谷さんのようにやってダメでも良いという気持ちを持つことができたなら、一歩が踏み出しやすいのではないだろうか。

天職を得て、生き生きと仕事のことを語ってくれた吉谷さんは、これからも良い作品を作ってくれそうだ。

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【取材後記】

取材前、若い人が描いたとは思えぬ示唆に富む漫画はどのように描かれているのかということに興味をひかれていたが、人生経験の多さではなく、社会をフラットに見ることができる吉谷さんだからこそ描ける世界観なのだと感心した。社会生活をおくる中、私たちは常識や正義感にとらわれがちだが、彼のように寛容な視野を持つことは、多くの人が仕事や人生をより楽しめるきっかけになると学ばせてもらった。

【吉谷光平さんのご紹介】

1990年、石川県生まれ。『サカナマン』第255回スピリッツ賞(月刊スピリッツ)に入選し漫画家デビュー。2018年『今どきの若いモンは』が『次にくるマンガ大賞』にノミネート。

吉谷光平さんのTwitter
著書『今どきの若いもんは』連載 サイコミ
著書『恋するふくらはぎ』連載日刊月チャン

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芸術大学で美術、写真を学び、ITマーケティング会社を経て、独立。現在フリーでライター、編集、撮影、イラスト、フードスタイリングなどを手掛ける。

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