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下條信吾

下條信吾

1984年生まれ、長野県安曇野市出身、東京在住。ライター兼カメラマン稼業と並行してレゲエ・スカバンド「KaRaLi」「Tropicos」「The Kingstompers」などでも活動している。

2019年6月7日
フロンティアスピリッツ

仏師 宮本我休/1000年先を見据えた究極のものづくりとは?

約8470万人が仏教徒といわれる日本において、「仏陀(仏)」は身近な存在。多くの人が仏壇の前で先祖に想いを巡らせ、寺社を参拝して祈りを捧げる。

そんな、私たちの生活に根付いた「仏」の姿を、「仏像」として形にするのが仏師の仕事だ。

京都に工房を構える宮本我休氏(GAKYU)は、確かな彫刻技術とともに、自身のキャリアを活かした独特の作風で注目され、全国からの制作依頼が絶えない。

今回は我休氏の工房にお邪魔して話を伺った。日本の伝統工芸を語るうえで欠かすことのできない仏師という仕事に迫ってみよう。

服飾志望からの転身。京都仏師界の“遅咲きのルーキー”GAKYU

京都市西京区にある「宮本工藝」で話を伺った

我休氏は京都の伏見で生まれ育った。

土地柄、幼い頃から神社仏閣は身近にあったものの、仏像に対する興味や関心は薄く、むしろ歳を重ねるごとに伝統工芸よりもトレンドのファッションにのめり込んでいった。

高校卒業後は服飾を学べる京都の短大や東京の専門学校に進学。卒業後、イラストの仕事をしながらファッションデザイナーを目指していた。

そんな中、知り合いの紹介で巨大な仏像の制作に関わることに。我休氏のイラストレーターとしての仕事ぶりが京都で活躍する仏師の耳に届き、絵柄の彩色をする仕事を依頼されたのだった。

ここで初めて仏像彫刻の世界を覗いた我休氏は、ファッション業界との感覚の違いに衝撃を受けることになる

当時のことを思い出す我休氏

「ファッションは、毎年、毎シーズン新しいコレクションが発表され、その数ヶ月後には淘汰されていくという、非常にサイクルが早い世界です。一方仏像彫刻は、1000年先、2000年先まで受け継がれることを考えてものづくりをします。意識すべき時間の感覚の違いに驚きました。」

常に「普遍であること」を目指す仏像彫刻の奥深い世界を知った我休氏は、そのまま自分に絵柄を依頼した仏師の元に弟子入り。全くの業界未経験であった彼は、まるで砂漠に一滴の水が落ちるかのように、どんなに些細な教えも柔軟に吸収し、急速に成長していった。

9年間師匠のもとで修行を積んだ我休氏は、34歳でGAKYUとして独立。2019年現在で5年目を迎えた、仏師界における“遅咲きのルーキー”だ。

工房の中にある我休氏の作業机。ここで日々名作が育まれている

ヒリヒリするところまで“攻める”。仏師 宮本我休のものづくりのこだわり

仏師の主な仕事はもちろん、仏像を制作すること。

お寺などから依頼されることもあれば、個人から依頼されることもある。その他、経年劣化した仏像の修復や、仏具などの制作も行う。

仏像の制作工程は、大きく「粗彫り」「小造り」「仕上げ」という三段階に分かれる。ヤスリは決して使わない。滑らかな曲線も彫刻刀を使って表現することで木目の美しさが引き立つそうだ。

粗彫りをする前の状態。ここから図面を元に木槌とノミを使い、仏の大まかな姿を彫り出す

工程や彫る場所によってノミや彫刻刀を使い分ける

仏のデザインにはさまざまな決まりがあるが、明確な設計図としてまとめられているわけではない。先人が仏における供養の方法や規則を記録した「儀軌(ぎき)」と呼ばれる経典が道しるべとなる

如来や菩薩などの位の高い仏は経典が多く存在するため、守らなければいけない決まりも多い。一方、天部や明王など、位の低い仏は経典が少ないため、デザインの自由度も高くなるそうだ。

我休氏が制作した「大日如来」。「握った拳の親指を外に出すか中に収めるか」など、細部に至るまで宗派によって決まりがある

我休氏が描いた、天部「摩利支天」。猪の数やポージングにも決まりはなく自由なデザインが許されている

仏像彫刻は全て手作業で行うため、例え同じ図案で作ったとして作家によって仕上がりは全く異なる。

作家の技術だけでなく、思考や生き方までもが反映されるそうだ。

我休氏は、自身が仏像を彫るうえでのこだわりを“砂場の棒倒し”に例えて解説してくれた。きっとあなたも子どものときに一度はやったことがあるだろう。砂場に木の枝を立てて周りから少しずつ砂を取り、枝を倒してしまった人が負けという、あの遊びだ。

「彫刻は、どんどん削っていって最終的に残ったものが作品になります。僕はできるだけそぎ落として細身に作るタイプ。砂場の棒倒しに例えると、砂をあと一粒取ったら倒れてしまいそうなくらい、ヒリヒリするところまで攻めます。無駄を極限まで取り除くことで、残った仏さんには濁りのない魂が宿ると信じています。」

仕上げの作業は細心の注意を払い、彫刻刀の刃先に神経を集中させる

もう1つ、我休氏が生み出す仏像を語るうえで忘れてはいけないのが、リアリティのある衣文表現だ。

本物の布と見紛う流麗なドレープに、思わず息を呑む

これは、学生時代に服飾技術を学び、生地の素材感を熟知している彼だからこそなせる技。熟練した仏師にも真似できるものではないだろう。

ファッションデザイナーを目指す過程で培った経験値は、仏師という別の道に進んだ今も彼の最大の武器になっている。

職人GAKYU。「創造力」の源は他者への深い愛

仏師の中には、前述した儀軌(ぎき)に忠実に古典的な仏像を制作するのが得意な作家もいれば、オリジナリティを取り入れた革新的な仏像作りに挑む作家もいる。

我休氏の姿勢はどちらかというと後者といっていいだろう。そのクリエイティビティが求められ、依頼が舞い込むこともある

制作中の「悲母観音」に関する、とあるエピソードを語ってくれた

「これは、ある年配の男性からご依頼いただいて現在制作中の悲母観音です。その方は、長年連れ添った奥様に先立たれ、その供養に仏像を作って欲しいと連絡をくださいました。よくよく話を聞くと、奥様は若い頃に二度妊娠したものの、当時の医療技術が整っておらず、残念ながら無事に赤ちゃんがこの世に生まれてくることは叶わなかったと。そのお話を聞き、観音様に奥様の面影を重ねながら、生まれるはずだった子どもの1人を右手に抱かせ、もう1人は膝にしがみついているという図案を考えました。

また、我休氏は依頼を受けて制作するだけでなく、時には身近な誰かを想って自発的に仏像を彫ることもある。こちらは彼が自分の子どもたちに思いを馳せて作った“わらベ姿の仏”だ。

カエルを見て知的好奇心が掻き立てられている「ほほえみ地蔵」。額の中央に広がる木目の波紋が美しい

飛び石で遊ぶ「あそび地蔵」。夢中で遊ぶ子どもがイキイキと表現されている

お経を読みながら寝落ちする寸前の「ねむり地蔵」。合唱が崩れてウトウトする様子がなんとも愛おしい

子どもを抱いた悲母観音に、愛らしいわらべ地蔵たち。我休氏の創造力の源泉が、誰かを思いやる「深い愛」であることがよくわかる。

伝統工芸を担う仏師が時代の流れに逆らうべきこととは?

独立してから5年目に差し掛かった我休氏は、これまでにさまざまな仏像の制作を手がけてきた。一体の制作に要する期間は最低でも1年。その間同時並行で何体かを彫り進める。

「仏像には、自分が彫る時の精神状態が全て反映されます。僕も人間なので気分の浮き沈みもある。例えば、心が穏やかな時期には優しい表情に仕上げたいお釈迦さんを彫り、逆に高ぶっている時期には迫力のある表情に仕上げたいお不動さんなどを彫るなど、その日の気分に合わせて彫る仏さんを変えるようにしています。」

繊細な技巧が光る 十一面観音。柔らかな表情は見ているだけで心が癒される

あなたは「仏像一体の納期が最低1年」と聞いて、どう感じただろうか?

テクノロジーが進化し、何事においてもスピードが重要視される現代社会の感覚では、「そんなに時間がかかるのか」と依頼者から驚かれることもあるそうだ。また、納期が近くなると急かされることもある

もちろん、依頼を受けた時に交わした約束や納期は意識しつつも、彼は簡単に納期短縮の要望に応えることはしない。そこには、仏師として譲れない強い思いがある。その思いを最後に語ってくれた。

我休氏が頑なに貫く思いとは?

「仏像を制作するうえで、もちろん対価としてお金はいただきますが、出来上がる仏さんそのものは“商品”ではないんです。私たちを癒す存在として、良い作品は1000年先まで受け継がれていくもの。例えば納期を10日早めてくれと言われたらやれないことはありませんが、そこでクオリティを落とすことで1000年の価値が台無しになってしまうこともあるんです。当たり前のようにスピード感が求められる現代ですが、仏師としては時代の流れに逆らってでも『常に一体入魂で100%のものを作る』というマインドは忘れてはいけないと思います。

編集後記

依頼者の声に寄り添いながら革新的な作品を生み出す一方で、頑なに時代に逆らってスピードよりも品質に重きを置くーー

我休さんは独自のバランス感覚で、新時代における仏像の普遍的な価値を追求し続けています。

そして、これからは若手を育てて業界に恩返しをしたいとも話してくれました。

もしかすると、我休さんのような若手仏師により、令和という新時代に鎌倉期以来の“日本彫刻ルネサンス”が巻き起こるかも……。

これからも彼の動向からは目が離せません。

宮本我休さんのご紹介

京都生まれ。 学生時代に服飾を学び、卒業後京都の仏像彫刻工房にて仏像の彩色を手掛けたことをきっかけに仏像彫刻の世界に入る。 9年間の修行の後、平成27年4月独立。 京都・西山に工房を構え「宮本工藝」を設立し、日々仏像・仏具、 その他木彫刻全般の研究、制作に励む。 学んだ服飾技術を活かし、リアリティのある衣文表現を得意とする。(京もの認定工芸士認定番号第128号)

宮本我休さんのリンク集

公式HP:GAKYU

Facebook:公式アカウント

Twitter:公式アカウント

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1984年生まれ、長野県安曇野市出身、東京在住。ライター兼カメラマン稼業と並行してレゲエ・スカバンド「KaRaLi」「Tropicos」「The Kingstompers」などでも活動している。

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