この記事を書いたライター

下條信吾

下條信吾

1984年生まれ、長野県安曇野市出身、東京在住。ライター兼カメラマン稼業と並行してレゲエ・スカバンド「KaRaLi」「Tropicos」「The Kingstompers」などでも活動している。

2019年7月4日
スペシャリストたちの7つ道具

庭師 出口健太(無鄰菴) / 名勝の中で活きる 京の職人技

庭師-出口健太(無鄰菴/京都)

庭を愛でるーー

それは、身近に存在する空間で、季節の移ろいや自然の営みを感じるひと時。手入れされた庭には、侘び寂びや日本独自の美意識が凝縮されている。

そんな「庭」をつくり、はぐくむのが「庭師」の仕事だ。

京都の東山にある国指定名勝の日本庭園「無鄰菴(むりんあん)」は170年南禅寺の御用庭師をつとめる造園会社、植彌加藤造園が所有者の京都市から指定管理者として受託をし、管理運営している。

今回は植彌加藤造園で無鄰菴を担当する庭師、出口 健太氏に話を伺い、愛用している7つ道具から庭師の仕事を紐解く。

幼少期の記憶。庭師という職業との出会い

「実家のすぐ近くに山や川がありました。父親と山で木登りをしたり、川遊びをしたのが子どもの頃の思い出です。」

出口氏は、福井県の田舎町で育った。「話すのはあまり得意ではなかった」らしく、自然と戯れている時間が長かったそうだ。

庭師-出口健太(無鄰菴/京都)

幼少期の記憶を辿る出口氏

大人になると、自然を人工的に表現した「庭園」に興味をもつように。24歳の頃、雑誌でとある庭園を知って足を運ぶと、そこで働く庭師の姿に思わず見惚れた。自由自在に木の上へと登る軽やかなフットワークや、枝葉を剪定する繊細な手さばきを見つめながら、幼い頃の記憶が蘇り「自分も庭師になりたい」と心に思った。その庭園こそが、無鄰菴だったのだ

名勝庭園(無鄰菴/京都)

無鄰菴。遠く臨む東山を庭の一部として景色の中に取り込んだ(借景)名勝庭園

無鄰菴は、明治27年から29年に造園された。施主は、長州藩士であり、二度にわたって内閣総理大臣を務めた山縣有朋。母屋・洋館・茶室の3つの建物によって構成される別荘で、庭は山縣の指示に基づき“近代日本庭園の先駆者”といわれる七代目小川治兵衛が作庭した。

庭園を鑑賞できる母屋(無鄰菴/京都)

次の間付10畳の客座敷を有する母屋。山縣有朋はここから庭園を鑑賞することに重点を置いていた

抹茶と菓子(無鄰菴/京都)

座敷では抹茶や菓子をいただくこともできる

今から120年以上も前に誕生した庭園の美しさと庭師の所作に魅せられ、庭師を志した出口氏。最初は地元の造園会社に就職して仕事の基礎を学び、その後無鄰菴を手がける植彌加藤造園株式会社に入社。無鄰菴の担当庭師になってから3年が経つ。

日の入りとともに仕事を終える。庭師の昔ながらの働き方

庭師の仕事は朝の7時からスタートする。開園前から1時間ほどかけて園内を掃除し、落ち葉や枝を取り払う。

その後は伸びた樹木の剪定や芝生刈り、小川の流れの掃除など。作業の内容は季節に合わせて変わるそうだ。

庭師-出口健太(無鄰菴/京都)

ハシゴを使うことなく、身ひとつで木の上まで登っていく出口氏

「仕事が終わるのはだいたい17時頃。基本的には日光が出ているうちしか作業はしません。また、身体を動かす仕事なので、10時、12時、15時に必ず休憩をとります。パソコンを使った現代的な働き方とは違い、昔から変わらず規則正しいタイムスケジュールです。」

無鄰菴は一般的にイメージする日本の庭園とは異なる特徴がある。池を海に、岩を島に見立てた枯山水の象徴主義的な庭園に対して、無鄰菴は里山の風景や小川そのもののような、躍動感や素朴さを表現した自然主義的な庭園だ。

小川そのもののような、躍動感や素朴さを表現(無鄰菴/京都)

場所によっては荒々しくしぶきをあげる川の流れ。すべて人の手で作られている

出口氏はそんな無鄰菴を手入れするうえで、意識していることがあるという。

「いかに手を入れていないように見せるか。作り込み過ぎず、剪定するときもその木が本来もつ柔らな表情が変わらないように、また、剪定した後も自然に成長していけるように、ハサミを入れる角度も考えます。」

庭師−出口健太(無鄰菴/京都)

庭園全体の景色を把握したうえで慎重に切り落とす枝葉を選ぶ

庭師 出口健太の7つ道具

庭師という職では、数々の専門的な道具を用いる。

出口氏が使っている「7つ道具」がこちらだ。

庭師−出口健太の7つ道具(無鄰菴/京都)

庭師 出口健太の7つ道具

その①「はさみ 3点」

京都・無鄰菴−出口健太の7つ道具(はさみ3点)

手前から剪定ばさみ・木ばさみ・剪定ノコギリ

庭師にとって最も重要なのが剪定に使うはさみ。数々のはさみを使い分けているのかと思いきや、持ち歩いているのはたったの3本。これだけでほぼどんな剪定にも対応できるそうだ。

京都・無鄰菴−出口健太の7つ道具(はさみ)

「何本も試してたどり着いたのが今の3本。使っていて疲れにくく、よく切れるのが理想です。」

その②「刈り込みばさみ」

京都・無鄰菴−出口健太の7つ道具(刈り込みばさみ)

刈り込みばさみ。無鄰菴ではあまり持ち歩くことはないのだそう

2つ目は刈り込みばさみ。庭木を丸く刈ったり、生垣を四角く刈ったりする場合に活躍する。庭師にとって必須アイテムではあるものの、ありのままの自然を表現する無鄰菴の手入れではほとんど使うことはないそうだ。

その③「植木鋏サック」

京都・無鄰菴−出口健太の7つ道具(植木鋏サック)

持ってみると驚くほど分厚く、まるで木製のよう

3つ目は、剪定用のはさみを収納するケース。これは出口氏が職人にオーダーした特注品で、通常は和太鼓に張る頑丈な革が使われている。10年ほど使っているがヘタれることはなく、むしろ革の質感は深みを増している。

京都・無鄰菴−出口健太の7つ道具(植木鋏サック)

「市販のものはもっとペラペラなんですけど、これは丈夫で安心です。」

その④「手ぬぐい」

京都・無鄰菴−出口健太の7つ道具(手ぬぐい)

さまざまな柄がある中から気分に合わせて使い分ける

4つ目は手ぬぐい。頭に巻いたり、首にかけて汗をぬぐったり、ケガをしてしまった時は止血に使ったりと万能に活躍してくれるアイテム。数種類を常備している。

手ぬぐいを巻く庭師−出口健太(無鄰菴/京都)

木に登るときは頭に巻くことが多いのだそう

その⑤「手甲」

京都・無鄰菴−出口健太の7つ道具(手甲)

祭りで神輿を担ぐ人や人力車を引く車夫が使う手甲は庭師にとっても大切な仕事道具

5つ目は手甲。露出した腕まわりをトゲなどから守る。特に松の木の手入れをする際に重宝するそうだ。また、裾をタイトにまとめることで事故を防ぎ、作業もしやすくなる。

その⑥「地下足袋」

京都・無鄰菴−出口健太の7つ道具(地下足袋)

地下足袋も庭師にとって欠かせないアイテム

木に登って剪定することも多い出口氏にとって、足元の機動性は重要。裸足に近い感覚で歩ける地下足袋がベストなのだそう。

地下足袋で木に登る庭師−出口健太(無鄰菴/京都)

「かなり薄手の素材でフィット感も高く、身軽に移動できます。」

その⑦「コーヒードリップセット」

京都・無鄰菴−出口健太の7つ道具(コーヒードリップセット)

最後に出口氏が紹介したのは意外なアイテム

7つ目は、休憩のひと時に欠かせないコーヒードリップセット。「短い一服の時間、せっかくなら美味しいコーヒーが飲みたい」と、湯を沸かし、豆を挽き、ペーパードリップでコーヒーを落とす。お気に入りは深煎りの豆。豆の挽き方やドリップの仕方によって味が変わる繊細さは、庭師の仕事と通じるところがあるという。

散っていく姿も美しい。庭師の仕事のやりがい

7つ道具から出口氏の仕事へのこだわりが垣間見えた。

一言で庭師といっても、その仕事は多種多様。

既存の庭を維持していく仕事もあれば、新設される建物の庭を一から作る仕事もある。

出口氏は無鄰菴の担当庭師として、育成管理を極めるべく勉強を重ね、樹木医の資格も取得した。

「木々は人間と同じように、病気にもなりますし、寿命もあります。最近は温暖化の影響で気温が上がったり、台風も多くなったりと、植物には大変な環境になってきました。これからの時代は樹木にも今以上に医者が必要になるのではないのでしょうか。」

幼い頃から自然と触れ合い、やがて庭師に憧れを抱き、今ではそのきっかけとなった無鄰菴で働く出口氏。最後に仕事のやりがいと、無鄰菴に抱く想いを聞いてみた。

京都・無鄰菴−出口健太(無鄰菴/京都)

愛おしむような眼差しで庭を見つめる出口氏

「子どもの頃から漠然と自然が好きでしたが、庭師になってからより深くその魅力を感じられるようになった気がします。季節ごとに咲く花も、散っていく姿もまた『いいな』と思いますし。苔の手入れをしている時などは無心になれて、とても好きな時間です。」

山縣有朋さんがつくった庭「無鄰菴」

ビロードのように広がる苔は息を呑むほどの美しさ

「無鄰菴は山縣有朋さんがつくった庭。きっと彼は、生まれ育った山口県の風景を投影したのだと思います。彼の意思を引き継ぎながら、今の時代の人が見てもその美しさが伝わるように、この庭を守り、成長させていきたいです。」

取材後記

取材の途中で降り出してきた雨。

「本降りになる前にお庭を撮影させてください。」と焦る私に「雨の後の庭もしっとりとした表情になって良いですよ。」と、出口さんは優しく教えてくださいました。

常に自然と向き合い、季節を敏感に感じながら、その変化を楽しみ、琴線を震わせる出口さん。

寡黙ながら、静かに紡ぎ出される言葉と、選び抜かれた7つ道具から、職人の確かなこだわりを感じました。

無鄰菴/京都

無鄰菴のご紹介

住所:〒606-8437 京都市左京区南禅寺草川町31番地
TEL & FAX:075-771-3909

開場時間:4月 – 9月 午前9時 – 午後6時/10月 – 3月 午前9時 – 午後5時
※最終入場は、閉場時間の30分前まで

休場時間:12月29日から12月31日までの3日間
※平成29年より正月も開場

入場料:お一人様 410円 ※小学生未満は無料

庭園をゆったり眺めるカフェも年中営業中。

無鄰菴のリンク集

https://murin-an.jp

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下條信吾

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