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北 堅太

北 堅太

なんでも書きたい系ライター。シーランド公国男爵。本とアナログレコードを買いあさることで、今日も生きのびている。なんとなく、インタビューの仕事が多めです。

2019年8月29日
ミレニアルズワーク〜未来と直面する世代のワークスタイル

トレイルランナー 上田瑠偉 / 長野から世界へ、頂点を目指す山道のスペシャリスト 前編

トレイルランナー上田瑠偉/長野から世界へ、頂点を目指す山道のスペシャリスト

トレイルランニングという競技をご存じだろうか? 近年のアウトドアブームの中で注目が高まっている、山道をメインに舗装されていない道を走る競技だ。トレイルランやトレランと略されて呼ばれることも多い。

そのトレイルランニングの世界において、国内外で活躍する日本人選手がいる。それが上田瑠偉選手。2014年ハセツネCUPにおいて大会新記録で最年少優勝、今年6月にはイタリアのリビーニョ・スカイマラソンで日本人初優勝と既に輝かしい記録を残してきた。今年26歳になる将来を期待される選手だ。

今回はその上田選手に、これまでの経歴やトレイルランニングへの思い、愛用の7つ道具などをうかがった。

長野県大町市に生まれ育つ。山とスポーツが好きな少年時代

トレイルランナー上田瑠偉

まっすぐな目が印象的な上田選手

海外で活躍する一流トレイルランナーには標高が高い地域の生まれが多いが、上田選手もその例にもれず、長野県は大町市に生まれ育った。周囲を山々に囲まれ、北アルプスの玄関口として有名な街である。

「母方の祖父はアマチュアの山岳カメラマンで、夏場は山小屋にこもって、写真を撮ったり天ぷらをふるまったりしていた人でした。自分で登ったりはしないものの、山に囲まれ、おじいちゃんの写真も見ていたので、小さい頃から山が好きではありました」

しかし、スポーツの原点はサッカー。そこからトレイルランナーになるとは、ちょっと経緯の予想がつかない。

「小さい頃からサッカーをやっていました。父がサッカー好きで、僕の名前もラモス瑠偉さんが由来なんです。中学校に入ってもサッカーはクラブチームで続けていましたが、学校の部活は陸上に所属していました。ここで陸上の方が芽が出たので高校からは陸上を続けることになったんです」

毎年1月の都道府県対抗駅伝に長野県代表として出場した中学生時代の上田選手。結果として長野県チームは大会新記録を樹立してその年の優勝チームとなった。その結果を買われ、名門の佐久長聖高校へ進学することに。サッカー少年が陸上でプロを目指す。徐々にトレイルランニングへと近づいていった。

怪我に苦しんだ高校時代。楽しんで陸上を続けたい

トレイルランナー上田瑠偉

苦しんだ高校時代を振り返る

ところが入学前に怪我をしてしまう。高校の3年間は怪我が治ってはまた怪我をし、治ってはまた怪我をするという繰り返しだった。

「3か月連続で練習できたことがないような状況でした。入学直前の怪我を治した後、復帰しても新入生は練習の強度もありレベルが上がっており、ついていくのも大変で。貧血を起こしたり、いろいろな部位を痛めたりで中学時代の自分の成績を超えることもできませんでした」

オーバーユース(体の酷使)で体を痛めてしまう。競技を好きな気持ち、成長したい気持ちから必死に練習に取り組むことが、逆に体を壊す原因となってしまった。練習しないと落ち着かない焦りもある。

「高校生って3年間しかなくて、その中でなんとかレギュラーになって全国優勝したいって思いがあります。冬の全国駅伝に向かってみんなでがんばる中で、僕の代でもエースが県大会で好成績を残したものの、そのための無理がたたって彼は怪我をし、肝心の全国大会に出られないということもありました。彼は結果的に大学2年生の頃に競技をやめてしまった。そういう人も僕は見てます」

トレイルランナー上田瑠偉(高校時代)

高校時代の上田選手

そのような高校時代を過ごしたこともあり、上田選手は大学からは部ではなく同好会に所属することを決めた。親からは「箱根駅伝を目指せ」という声もあったが、練習メニューに追われる生活をしてしまうと、絶対にまた怪我をしてしまうという確信があった。

「このままいってもいずれ走るのが嫌いになってしまうなと思いました。大学では自分のペースで走りたい。競争部には入らないで陸上を続ける道を選びました

トレイルランとの出会い。100キロマラソンが生んだ出会い

トレイルランナー上田瑠偉

幸運の出会いを果たした上田選手。自然と笑みがこぼれる

そんな上田選手に大学2年生の頃、転機が訪れる。サークルの同期と10代最後の思い出づくりに、100キロマラソンに出場した。

「総合入賞をしたら、現在所属しているColumbia Montrailのスタッフがたまたま見に来ていて、声をかけてもらいました。そのスカウトがきっかけで、トレイルランニングの世界に入りました」

実はトレイルランニングへの興味は高校時代に既にあった。携帯も漫画も禁止されていた寮生活の時に読んでいた本が『BORN TO RUN 走るために生まれた』。トレイルランナーのバイブル的な存在だ。

「大会にエントリーしたり宿をとったり、装備品を買ったりするとお金がかかるだろうと思っていたので、大学生には難しいなと思っていたんです。社会人になってからやってみようかなって。それがお声がけいただいて大学生のうちからトレイルランニングを始めることになるとは思いもよりませんでした」

トレイルランナー上田瑠偉(練習風景)

いまでは一流のギアで練習ができている

チャンスをつかんだ2013年のトレイルランニングデビュー戦では、いきなり大会新記録で優勝することとなる。その大会とは三原白竜湖トレイルコース。35kmのコースを3時間18分34秒で完走した。

「初めてのトレイルランニングの大会で新記録で優勝できたことが本当に嬉しかったです。高校時代に結果を残せなかった同好会ランナーがこういう結果を出せたことが、ひょっとしたら向いているんじゃないかっていう今の自信につながっています。勝ったからこそ楽しめたのかもしれないですけれど、このことがあったから走ることの喜びや楽しさを改めて実感できるようになりました。いまでもいろいろな山に行くたびに感じる爽快感の原体験になっていますね」

その後、翌年2014年のハセツネCUPで一気に注目を浴びることとなる。ハセツネCUPとは正式には日本山岳耐久レースと呼ばれる、歴史でいっても規模でいっても日本を代表するトレイルランニングレースである。累積標高差4582mの東京の山岳地帯71.5kmの道のりを、当時弱冠21歳の上田さんは7時間1分13秒の大会新記録で駆け抜けた。この記録は現在も破られていない。

スカイランニングに注力する現在。世界1位を目指し奔走中

トレイルランナー上田瑠偉(ウェアに並ぶスポンサー)

ウェアに並ぶスポンサーが上田選手の活躍を物語る

その後も毎年数々のトレラン大会で好成績を残してきた上田選手だが、最近はメインとなる活躍の舞台をスカイランニングに移している。トレイルランニングの場合はオフロードであればその定義に当てはまるが、スカイランニングの場合は、垂直移動が主眼となる。急峻な道のりをいかに早く登り下りができるかを勝負する。広義にはトレイルランニングの一種と考えてもいい。

「4月から10月はトレイルランやスカイランの大会に出場する、自分にとっては勝負のシーズンです。月に1回以上は海外の大会にも行っています。11月から12月はゲストランナーとして楽しく走り、1月から3月はトレーニングになりますが、4月から10月のこの時期はちょっとピリピリしています」

トレイルランナー上田瑠偉(海外の大会にて)

海外の大会に参加する上田選手

取材からさかのぼること2か月前、上田選手はイタリアのスカイランニング大会、リビーニョ・スカイ・マラソンで日本人初の優勝を果たした。距離33km累積標高差2340m、雪も多く残る険しい山道。タイムは3時間22分57秒。

スカイランニング発祥の地イタリアで優勝できたことは、いっそうの喜びとなりました。参加している選手のレベルも昨年と遜色ないなか、結果が昨年の8位から大きく伸びたので成長も実感できました。ただレースの内容としては、ラストの4kmで失速してしまったのでまだまだ反省する部分があります。自分に改善点があるぶん、手放しで喜べるわけではありません

トレイルランナー上田瑠偉(リビーニョ)

優勝したリビーニョでの一場面

トレイルランナーの気質なのだろうか。結果以上にレース内容を追い求める上田選手の姿勢にストイックさを見た

「今年が始まる時点ではスカイランナー・ワールド・シリーズで年間5位という目標を立てていましたが、現在暫定2位なので10月最終戦次第では年間優勝を目指せる。なのでそこを狙っていきたいと思っています」

2022年の世界選手権で優勝を目指す。別ジャンルにも挑戦へ

トレイルランナー上田瑠偉

今後について熱く、しかし冷静に語る

もちろんトップアスリートとして、上田氏は1年以上の射程でも目標を持っている。年間優勝後の次のアクションプランをうかがった。

「来年からはビザをとってフランスに移住する予定です。というのも、もっと海外で強豪と競い合いたい、ヨーロッパの自由なコースを走りたいという思いがあるからです。本当に道がないような道を下る技術が、現状ヨーロッパの選手に負けているので。日本と行き来する時間もなくしたいですし」

世界的なトップ選手となるために、一段階上のレベルに身を置くということだろう。そのうえでの目標は壮大である。

「目標としているのは、2022年の世界選手権で金メダルをとること。だから、向こうの環境になれるためにこそ海外に行くんです。2024年にはパリオリンピックもあります。まだわからないんですけど、種目が決まるのは2020年の12月です。スカイランニングが種目になる可能性もゼロじゃない。もしなればそこでもいい結果を出したい思いがあります」

トレイルランナー上田瑠偉(8月の大会)

直近の8月の大会にて

壮大だが計画的である。上田選手の話を聞いていると、実現するに違いないと思えてくる。上田選手自身もその目標のためにこそ、いまトレーニングや大会出場に力を入れているのだろう。

「世界選手権やオリンピックの後は、いま手をつけていない100マイルのような長い距離を走る大会にも挑戦しようかと思っています。もしスカイランニングで世界一になっても燃え尽きないで、次の目標がしっかりとあるということです」

後編ではいよいよ、日本のトレイルランニングの未来を背負う、上田選手の7つ道具を紹介する。トレイルランナーやアスリートはもちろん必見だが、そうでない場合でも、上田選手の普段使用する道具から、多くの人を惹きつけるその魅力を知ることができることだろう。ぜひ引き続きご覧いただきたい。

後編へ:上田瑠偉選手を支える7つ道具とは? >

取材後記

筆者はこれまでも登山好きではあったのだが、トレイルランニングは未経験。山道を歩いていると身軽な恰好で走っているトレイルランナーともすれ違うことが多かったのだが、その体力のすさまじさを考え、勝手に自分とは違う世界の住人だと思っていた。

ところが今回、上田選手の話を聞いてみて、自分でも一度体験してみたいと感じた。初心者におすすめの大会をうかがうと、モントレイル戸隠マウンテントレイルとのこと。戸隠ならば東京から日帰りで行けるうえ、何よりも用意されたコースが10km、20kmと短い。来年も6月に開催されるようなので、ぜひチェックしてみてはいかがだろうか? シューズの準備だけは忘れずに。

上田瑠偉さんのご紹介

トレイルランナー上田瑠偉

1993年、長野県大町市生まれ。小中学校ではサッカーに取り組み、高校は陸上の名門・佐久長聖高校に進学。2013年、大学生の頃に初めて出場したウルトラロードマラソンをきっかけにトレイルランニング、スカイランニングを始める。以降、世界各地の大会に出場し、新記録を樹立している。今年6月にはイタリアで開催されたリビーニョ・スカイマラソンで優勝。ヨーロッパ開催のスカイランナー・ワールド・シリーズでの優勝は日本人初。

上田瑠偉さんのリンク集

・Instagram:公式アカウント
・Twitter:公式アカウント
・Facebook:公式アカウント

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