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飯森雅子

飯森雅子

ファッション分野を手掛ける広告制作会社のアカウントプランナーを経て、フリーに転身。自身で編集長としてWEBメディアの立ち上げに加わり、国産のプロダクトや伝統工芸について執筆。近頃の興味分野は女性のワークライフバランス、朗らかに生きる術など。うつくしい小鳥を溺愛して暮らす、重度の文房具マニア。

2019年10月31日
ウーマンリンク

キュレーター・学芸員 宮原裕美(日本科学未来館)/科学の最先端から、常識を覆す展示をデザインする

キュレーター・学芸員 宮原裕美(日本科学未来館)

東京お台場に位置する「日本科学未来館」は、いま世界で起きていることを科学の視点から理解し、私たちがこれからどんな未来を創っていくかをともに考える場として、さまざまな研究者やクリエイターとコラボレーションした展示を開催することで話題のミュージアムだ。

今回はこの日本科学未来館で常設展示を企画・開発する部署のキュレーターとして活躍している宮原裕美氏に、これからの未来を創造する若者と研究者、クリエイターがコラボレーションした新たな常設展示「ビジョナリーキャンプ」(2019年10月4日オープン)を実現するなかで感じたキュレーターという仕事の魅力から、未来に繋がるコミュニケーションのあり方まで話を伺った。

自分がメディアになり、知を共有する学芸員(キュレーター)の仕事

インタビュー:宮原裕美(日本科学未来館)

未来館のキュレーターといっても科学の専門家ではないという

子供の頃から絵を描くのが好きで、絵本作家になりたいと思っていたという宮原氏。高校時代は美大への進学も考えていたそうだ。

「絵は好きだったけれど、絵を描くのは上手ではなくて。それなら自分が絵を描かなくても美術に関わる仕事はないだろうかと、大学では文学部のフランス文学科から美術史専攻に進みました」

ただ学芸員については「研究に専念し社会から閉ざされた存在」というイメージがあり、自分がやりたいこととは少し違うと感じていたという。そんな考えを一転させたのが、美術館実習での体験だった。

「2週間の実習を通してお客さんと話す機会があったり、アーティストなどたくさんの人と知り合ったりするうちに、学芸員は自分がメディアとなって“宝物を作っているかのような人”を紹介できるのだから、すごくやりがいのある仕事だなと感じたんですね。

それに美術館や博物館には自分を知らない世界にいざなってくれる力があって、新しい物の見方や世界観を広げてくれる。そういう目から鱗が落ちるような経験をお客さんと一緒に体験したいと思うようになりました」

さらに印象的だったのは大学4年生のとき、留学で訪れたMoMA(ニューヨーク近代美術館)でのギャラリートークだという。それは「この絵に何が見えますか?」「なぜそう見えると思ったのですか?」というふたつの質問から、参加者の自由な意見を引き出していくという内容だった。

「当時は自分に美術の知識があるといっても、字面だけの解釈だと思われたら嫌だなと、そもそも私は本当に美術のことをわかっているのかという疑問を感じながら過ごしていて。

そこでMoMAのギャラリートークを体験して、知識を渡す側が“知っていることを知っているままに伝えること”ではなくて、見る人が“自分が持っている言葉でその絵をどう表現するか“を大切にすべきだと感じました」

ただ知らないから無知だということではなくて、その人が培ってきた経験が次の知識に繋がることもある。そういった「引き出す」「掘り起こす」ような働きかけが、日本の教育には絶対的に足りていない

「子どもたちが知らないことを教えてあげる先生ではなくて、子どもたちが自分の言葉で一歩一歩成長する、その半径が大きくなるようサポートすることを教育と言ってもいいと思うんです。だから美術館や博物館でそれを実現したいと考えるようになりました」

そこで宮原氏は、「教育普及の学芸員を目指すといいよ」と実習先の学芸員からアドバイスを受けたという。「教育普及」とは博物館、美術館における研究以外での対外的な、教育を目的とした学芸員の活動を指すそうで、その学芸員からのアドバイスは学芸員(=キュレーター)の仕事を目指すうえでも大きかった。

日本科学未来館で生まれる、研究者やクリエイターとの化学反応

インタビュー:宮原裕美(日本科学未来館)

未来館で展示をつくる楽しみとは

日本科学未来館では、いま起こっていること、いままさに研究されていること、これから未来に向けて変化していきそうなことをテーマに展示を行っている。教育普及とは呼ばなくとも、好奇心の呼び起こし方、知識の掘り下げ方についてとても意欲的に取り組んでいる場所だと宮原氏は語る。

「教育普及というのは、知識を分かりやすく説明するだけではなくて、好奇心のスイッチをどう押せるか、そのきっかけを与えるための手段は歴史や美術に限らずなんでも良くて。とくに科学の分野では今まで考えもしなかったような、常識を覆すことがたくさん出てくるので面白いと思っています」

科学のすごいところは、あっという間に常識やルールを塗り替えてしまえる潔さだ。

「一度常識を疑うという、科学の根本的な姿勢が素晴らしいと思っています。不思議に思ったり、疑問に感じたりする研究者の姿勢を知ることで、現代の混沌とした世の中を生き抜くヒントが得られると考えています。

だから研究者やクリエイターの見ている世界を共有したいと思っていて、それはいままでの自分がやってきたこと、考えてきたことの延長線上にあるんですね」

なにより、研究者やクリエイターと仕事をすることが楽しいと宮原氏は話してくれた。バッググラウンドが全く違うスタッフがチームを組むことで、違いをお互いに共有するのは知的好奇心をくすぐられるそうだ。

「自分とは違うものの見方や、専門の違いからときには議論が広がりすぎてまとまらないこともあるけれど、いままで興味のなかったことに興味を持てたりと、お互いにいい影響を与えていると思うし、とくに研究者のようにひとつのことを極めた人は優れた視点を持っているから尊敬しますね。

私は絵を描いたり映画を作れるわけではないので、研究者に研究の内容をリサーチし、クリエイターとどういう展示で、どんな気付きをお客さんに与えたいかを一緒に考えます。それを共有したときに間近にする研究者とクリエイターの化学反応はすごく刺激的で、とても楽しい仕事です」

そのなかでも、とくに今回の「ビジョナリーキャンプ」は研究者とクリエイターと参加者(ビジョナリー)が一丸となった、まさに集大成と言える。

未来を描く若い人にチャンスを与えたい

「ビジョン」の展示(日本科学未来館)

オリジナルティあふれる「ビジョン」の展示

宮原氏が携わった常設展示「ビジョナリーキャンプ」は「2030年のコミュニケーション」をテーマに、15~25歳の参加者と研究者、クリエイターが共にチームとなり議論しながら作り上げた常設展で、若い世代の参加者が思い描く理想の未来像と、それを実現するための考え方やツールを展示している。

「自分のやりたいことを自信をもって世の中に発信したり、仲間を募ったりというのが今の時代難しいと思うんです。だから未来館から若い人になにかチャンスを与えられないかと考えていて。

そこでビジョナリーキャンプでは参加者に、将来こういうことがあったらいいな、という想いを言葉としてゼロからイチにするアイデアを考える作業と、さらにアイデアを目に見えるプロトタイプとして制作することに挑戦してもらいました。この展示制作が彼らの成功体験のひとつとなって、自信を持って世に出ていくきっかけになればいいなと思っています

一般の10代、20代と研究者、クリエイターがともに議論し、展示物を制作するのは日本科学未来館では初の試みとのこと。その裏ではさまざまな苦労がもちろんあった。

「思った通りにいかないということが一番の苦労でした。もちろんその苦労は、裏返すとビジョナリーが次のステップに進むための成果につながるので、成功なのです。ビジョナリーが2030年になにが欲しいか、という願望を頼りに言葉にし、展示にしていくので、正解は彼らの中にしかありません。そこをいかにこちらの都合で彼らの考え方に影響を与えないようにするかという塩梅がとても難しかったです」

いまの子どもたちは、大人が望んでいる意見を先回りして叶えようとしてしまう。それは今の教育も一つの原因ではないかと宮原氏は語る。

「だから、やりたいことは君の中にしかないし、正解は君しか持ってないのだから、君のやりたいことが聞きたいんだよっていう。そのやり取りを辛抱強く重ねました」

そんな苦労があったからこそ、成果に結びついた今回の展示。とくに来館者にみてもらいたい部分は、ビジョナリー達が考えた「ビジョン」だという。自分の内にあるイメージを言葉にする苦労をそばで見守ってきたからこそ、その軌跡を見てもらいたい、とのこと。

ひとりのカリスマが物事を決める時代ではもうない

インタビュー:宮原裕美(日本科学未来館)

キュレーターはひとりではできない仕事だ

研究者やクリエイター、さらにはビジョナリーと、これまでに多種多様なバッググラウンドをもったメンバーをまとめてきた宮原氏。仕事に対してどんな想いがあるのかを訪ねてみた。

「私は強固なリーダーシップをもって仕事をするタイプではないので、一緒のチームになっている全員がこのプロジェクトを、彼ら自身が自分ごととしてポジティブに関る機会をどう作るか、というのを大切にしています。

ひとりのカリスマが引っ張っていく時代ではもうないと思っていて。誰もが自分の意見を発言することができるフラットな立場で、影響し合いながら目的に向かって何ができるのかを考えて、ゴールへの道筋をみんなで探したい」

そんなチームを実現するために何が必要かというと、それは「自己肯定感」だと宮原氏は教えてくれた。とりわけ日本人は自己肯定感がとても低いということも。

「どうやったら自己肯定感がもてるかというのが重要で……ひとつ成功体験があれば自信に繋がったり、自己肯定感で人は成長できる部分もあると思っていて、これは仕事にも活かしていきたい部分です。

とくに日本人は、自己肯定感ってすごく低い。だから誰かが勝手に決めた常識とか、偏見とかを壊す必要があると思っていて、そのときに説得力を持って常識を覆せるのが科学だし、常識を疑うこころを養う機会がこの未来館にはあると思っています」

これから挑戦していきたいこと

取材風景:宮原裕美(日本科学未来館)

ひとつの展示に1年以上かかるという

最後に、これから挑戦したいことについて宮原氏に尋ねてみた。

「これからの未来に必要とされる人材について考えた時に、自分の望むことを自信を持って言葉にできるということは大事だと思っていて。最適解はAIが出してくれるけれど、何をしたいか? という願望は人間が考えるしかないんですよね。

理想との食い違いから生まれる課題を言語化できるかどうか、そしてそれを自信を持って発表できるかどうか。その能力を育てる役割を担えればと思っています。また社会側にも、どんな意見も自由に発して大丈夫だよと、受け容れる空気感が生まれるといいですね。」

今回の「ビジョナリーキャンプ」についても、彼らの言うことを否定せず100%応援し続けてきた宮原氏。ビジョナリーたちから貰った「自分たちを信じてくれてありがとうございました」の言葉が嬉しかったという。

実はすでに次のプロジェクトが走り始めているそうだ。またさらに新しい課題にチャレンジしていく姿がどこかわくわくしているように見えた。

取材後記

美術館や博物館が好きでよく足を運ぶ筆者ですが、今回のインタビューを通して、人から借りたままの知識でものごとを判断している自分に気付かされました。

自分が本当はなにを感じ、なにを望んでいるか、それを深掘りする機会はなかなかないように思いますが、ふらっと未来館に足を運んで科学との出会いを楽しむのもいいかもしれません。

「ビジョナリーキャンプ」のご紹介

ビジョナリーキャンプ

2019年10月4日(金)より日本科学未来館(館長:毛利衛)にて公開されている常設展「ビジョナリーキャンプ」のテーマは、「2030年のコミュニケーション」。15~25歳の3つのチームが理想の未来像を思い描き、それを実現するための考え方やツールをプロダクトとして展示している。制作は研究者やクリエイターがサポートした。

子どもの頃家族に撫でられて元気が出たといった記憶をヒントに、身近な人との身体的なふれあいの感触をデータ化し、支えが必要なときにいつでもそのデータが再現される装置のアイデアや、育児にロボットや人工知能のようなテクノロジーを導入することで生じるであろう、親の果たしてきた役割が奪われることへの不安や葛藤から、テクノロジーとの付き合い方を考えさせる展示作品。

また、離れた場所にいるふたりが互いの状況が見えない中、あるミッションに協力してチャレンジすることで、コミュニケーションを成立させることの難しさを体験するゲーム。

各作品ともにビジョナリーたちのオリジナリティあふれる視点が形になっている。10代、20代の若者が人生で経験した等身大の問題意識を共有することで、未来で活躍することであろう若者の「ビジョン」を垣間見ることができる。

宮原裕美さんのご紹介

キュレーター・学芸員 宮原裕美(日本科学未来館)

宮原裕美 / 日本科学未来館 展示企画開発課 マネージャー
千葉大学大学院で芸術学・美術教育課程修了後、秋吉台国際芸術村、九州国立博物館等で展覧会やワークショップの企画を行う。アートに限らず科学技術も含めた文化活動を、社会や教育との関わりの中で表現することに興味をもち、2008年から日本科学未来館で勤務。科学者とクリエイターのコラボレーションによる展示やイベントを担当。近年では、10代から20代の若い世代にSTEAMプログラム活動を行う。海外の子供たちと一緒に球体映像をつくるワークショップ「Picture Happiness on Earth」や、若手と研究者・クリエイターとのコラボレーション「未来館ビジョナリープロジェクト」を手がける。

日本科学未来館の関連リンク

公式HP:Miraikan 日本科学未来館

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飯森雅子

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ファッション分野を手掛ける広告制作会社のアカウントプランナーを経て、フリーに転身。自身で編集長としてWEBメディアの立ち上げに加わり、国産のプロダクトや伝統工芸について執筆。近頃の興味分野は女性のワークライフバランス、朗らかに生きる術など。うつくしい小鳥を溺愛して暮らす、重度の文房具マニア。

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