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坪根育美

坪根育美

神奈川県出身。編集者・ライター。おもに、ものづくりや働き方をテーマに雑誌、Webメディア、書籍をはじめとする媒体で編集と執筆を行う。日々取材をしながら自分自身も新しい働き方、生き方を模索中。

2019年12月26日
フロンティアスピリッツ

バイヤー 佐藤宏樹氏(東急ハンズ所属)/ハンズのキムタクから「スーツケースの伝道師」、そして新たなバイヤー像へ

ビジネスグッズや生活用品、美容・健康グッズからレジャーやパーティー、DIYツール――ここに行けば何でも揃う。そんな安心感のある東急ハンズ。品揃えの豊富さと確かな品質で多くの消費者の心を捉え、独自の地位を確立している。

そんな東急ハンズに並ぶ商品の仕入れを行うのがバイヤーだ。トラベル・ウェザー用品のバイヤーである佐藤宏樹氏は、スーツケース業界では異例と言われている累計1万3,000台を販売した、コインロッカーに入れられるスーツケース「hands+スーツケース インテンションシリーズ コインロッカーサイズ フロントオープン21L」の開発にも携わった人物。その一方で、自らを「スーツケースの伝道師」「旅グッズの達人」と称して自社メディア『ヒントマガジン』での連載やそのほかのさまざまなメディアを通して商品のよさを発信し続けている。

数々のヒット商品を生み出しながら、バイヤーという仕事の枠を広げて活動する佐藤氏に話を伺った。

スーツケースの伝道師、その原点

東急ハンズのバイヤー佐藤氏

自宅にある大量のスーツケースは、通勤にも使っているという

スーツケースを「旅グッズのなかでも旅をより色鮮やかにしてくれる代表的な存在」と語る佐藤宏樹氏。東急ハンズの本社でトラベル・ウェザー用品のバイヤーとして忙しく動きまわる日々を送りながら、「スーツケースの伝道師」としても活動している。スーツケースが好きすぎた結果、自宅にあるスーツケースは23個! そんな「スーツケース好き」の原点は、子どもの頃にあった。

「子どものころってミニカーとか集めるのが好きだったりするじゃないですか。私は、バスが好きで。とくにフォルクスワーゲンのワーゲンバス。あのフォルムが気に入っていました。それと、スターウォーズ。とくに冒険に一緒にくっついてくる相棒のような存在のR2-D2(アールツーディーツー)が好きで、飼っている犬にも「R2」と名づけています。

よく考えてみると四角いものにタイヤがついているバスとR2-D2を足したら、スーツケースじゃないかって気がついて(笑)。もちろん、そのあとにもいろんなきっかけはありましたが、もとを辿るとそこにつながっていると思います」

FWのワーゲンバス

佐藤氏が、子どもの頃に好きだったというワーゲンバス。言われてみれば、スーツケースと通じるものを感じるような…..

スーツケース

佐藤氏が開発にも関わったスーツケース。一番左が累計1万3,000台を販売した「hands+スーツケース インテンションシリーズ コインロッカーサイズ フロントオープン21L」

また、漫画を描くことも同じように好きだったという佐藤氏。キャラクターを模写したりすると、それを見て周りが喜んでくれる。その顔を見るのが好きだったのだ。この「周りが喜んでくれることが楽しい」という思いは、そのあとも佐藤氏の心に深く根を張り続けた。

中学校になるとドラマ『金八先生』にはまり、「自分の言葉でみんながポジティブになる、なんていい仕事だ」と、将来教師になることを夢見るように。だが、高校生のころに起きたお笑いブームによって別の道を歩むことになる。

「お笑いの番組で、芸人さんの言葉で周りが楽しんでいる様子を観たときに、めっちゃいい! って思っちゃったんです(笑)。それで、高校を卒業したあとお笑いの事務所の養成所に入りました」

高校を卒業して歩き出したのは、なんとお笑いの道。当時通っていた高校では周りから進学をすすめられたそうだが、どこまでもまっすぐな佐藤氏の考えが変わることはなかった。

「でも、数年活動して挫折しちゃいました」

夢への挫折から、東急ハンズへ入社

東急ハンズのバイヤー佐藤氏

自身が関わったスーツケースや傘を熱心に説明してくれた佐藤氏

お笑いの世界では、構成作家を目指しつつ、自身も舞台に立つなどの活動をしていた佐藤氏だったが、この世界で仕事を得るにはコネクションが不可欠だった。この頃、コネクションづくりのために毎晩飲み歩き続けていたという佐藤氏。そんな日々は長く続くわけがなく、とある出来事をきっかけにこの生活に見切りをつけた。

「ある日、御茶ノ水の無人交番で血まみれになって寝ていて。記憶がないんです。酔っ払って喧嘩をして、交番までたどりついたものの無人だったんでしょうね。そのときに命の危険を感じて、こんな生活をしていたらだめだなと。それでお笑いの世界を辞めました」

4年ほど活動したお笑いの世界を去ったものの、次にどこに向かえばいいかわからない状態だった佐藤氏。いまでは笑い話なのかもしれないが、「新宿の公園でホームレスの人の話を聞いて、仲良くなってその人からパンをもらって空腹をしのぐこともありました(笑)」と、驚くような当時のエピソードを話してくれた。

東急ハンズの商品

東急ハンズ本社の受付室には、佐藤氏が関わった商品が並んでいた

やりたいこともやるべきことも見つからない日々。そのなかで出合ったのが、東急ハンズの新業態がオープンするという情報と、それにともなうスタッフの募集だった。

佐藤氏は、以前より舞台の仕事で道具を買い揃えるためにお客として東急ハンズによく通っていた。そしてある日、こんなことを思ったという。

「フロアを眺めていたときに、ふと私がお笑いでやっていたこととそんなに変わんないなあ、と思ったんですよね。お笑いってストーリーをつくって、オチをつけて、お客さんを笑いの方向に持っていく。売り場もそうだと思いました。入り口があって、動線があって、ポイントをつけて、お客さんをそこに誘導する。ああ、これもエンタメなんだなって思ったんです」

売り場が「エンターテイメント」とは、なんともユニークな解釈だ。そんなこともあり、東急ハンズの仕事に以前から興味を持っていた佐藤氏はスタッフ募集に応募し、見事東急ハンズの一員に。2004年、このとき佐藤氏は23歳だった。

東急ハンズの“キムタク”になりたい

東急ハンズのバイヤー佐藤氏

「お客さんのニーズってどんどん変わっていく生き物みたいなもの。その波にうまくのれるかは毎回賭けですね」

「東急ハンズの“キムタク”になりたいんです」

これは、採用面接の際に佐藤氏が発した言葉だ。

“キムタク”とは、芸能人のほうではなく、プロ野球選手の木村拓也氏のこと。「みんな『え?』ってなるでしょ。だからあえて言ったんです」といたずらっぽく話す佐藤氏。続けて、この言葉の意味を教えてくれた。

「プロ野球選手の木村拓也さんは、左右両方の打席に立つ方でピッチャー以外のすべてのポジションをこなした人なんです。つまり、自分の仕事を限定しないでとにかくいろんなことをやる。そのなかで自分の存在価値を高めていきたいという気持ちを伝えたかったんです。

東急ハンズも商品を限定しないで、多種多様なものを取り扱っているからこそ存在価値があるんだと思います。『東急ハンズを体現する人物になる』、そんな意味も込めた言葉が『キムタクになりたい』だったんです」

東急ハンズ本社の打ち合わせスペース

東急ハンズ本社の受付の打ち合わせスペースにも遊び心が

そんな佐藤氏に対して入社後に待っていたのは、まさに“キムタク”になるための日々だった。

「契約社員の販売スタッフとして、家具、収納、室内部材、照明、文具をはじめ、あらゆる売り場を経験しました。私だけだと思いますが、半年から1年くらいのサイクルで変わっていたかな。この頃はずっと、自分の人生はマイナスだと思っていて。夢なかばで挫折して、東急ハンズがエンタメの場だと思って働いていたけど、やっぱり一番やりたかったことではなかった。だから、もう一度ゼロの地点に立ちたいという思いはずっとありました」

接客業は楽しかったし、この頃には結婚もした。だからもっといろんな仕事ができる社員になろうと佐藤氏は決意。そして、社員になって販売の仕事の最後にたどり着いたのが、トラベル・ウェザー用品の売り場だった。

そして、入社から9年後となる2013年にトラベル・ウェザー用品のバイヤーとして本社へ異動。自分が中心になって動くことが多くなり、売り上げをどうやってつくっていくかなど仕事に対する見方も変わっていった。

バイヤーの仕事で感じたジレンマ

東急ハンズのバイヤー佐藤氏

自分が仕入れた商品を使っている人を見ると、思わず使い心地を聞きたくて声をかけてしまうという

ここで改めて、バイヤーの仕事について説明しよう。バイヤーはただ商品を見つけて仕入れるだけではない。以下のように、商品を仕入れる前だけでなく、仕入れた後も含めて多岐にわたる業務に携わる。

  • トレンドをリサーチし、情報を収集
  • 購買傾向などの顧客データを分析
  • 商品を選定
  • メーカーや商社と仕入れ値や買取個数、輸送方法などを交渉
  • 展開方法の立案、展開店舗確定、発注
  • 売上げ動向チェック、対応策検討

 
しかしこれらは佐藤氏いわく、「最低限の仕事」だという。

バイヤーの仕事って、勝負ごとが多い。自分が仕入れたもので成功することもあれば、失敗することもある。成果がはっきり出るんです。そこはシンプルでいいなって思います。ある種、個人事業主の感覚に近いのかなって。弊社は、店舗ごとにバイイングもしているので、店舗と本社と両方で棲みわけてやっています。

さらに私の場合、メーカーと商談してできあがったものを仕入れることは少なく、だいたいは『こういうのがほしいんだよね』というアイデアレベルのところから話して進める場合が多いです」

東急ハンズの傘

リュックを使っている人に向けてつくった「hands+ バックパックを守れるジャンプ長傘 65cm ブラック×グレー」。背面にかかる部分が広くなっている

売り場での販売という表に出る仕事から、本社でのバイヤーという裏方の仕事へ。仕事は楽しかったが、夢中になればなるほど消化しきれない思いも溜まっていった。その思いが、「スーツケースの伝道師」の誕生につながることになる。

「バイヤーは、取引先と同じ熱量で商品に向き合うと同時に、真逆の客観的視点のふたつの視点を持って商品を選びます。そして、商品に魂を込めて店に送り出すのですが、お店だとお客様にどんな気持ちで商品を仕入れているのか伝わりにくいというジレンマを抱えていました。どうやったらわかってもらえるかなって。

東急ハンズの商品はとりわけ安くもない、ネットでも買える、そういう商品をわざわざ買ってもらうには、『この人が言っているんだから安心だな』と思ってもらうことが必要だと感じました。それで、2017年から個人のSNSで、スーツケースの情報を発信しはじめたんです」

そう、このSNSのアカウント名こそが、「スーツケースの伝道師」だったのだ。

「スーツケースの伝道師」として情報を発信

東急ハンズのバイヤー佐藤氏

どんな質問にも笑顔で答えてくれた佐藤氏

「スーツケースの伝道師」として、はじめのうちは会社名を出さずにスーツケースが好きな人がスーツケースについて語るスタイルでSNSの投稿を行っていた佐藤氏。その活動を知った当時の販促担当から「そんなことをやっているなら、連載でもしたらどう?」と声をかけられたことをきっかけに、自社メディア『ヒントマガジン』での連載もスタートした。

スーツケースやトラベルグッズのおすすめ情報から、お悩み相談や豆知識、イベントレポートなど読んで楽しく、ためになる情報をいまも届けている。さらに、ここ最近は、「旅グッズの達人」としても活躍の場を広げ、佐藤氏の頭のなかは新たな企画であふれている。

だが、ひとつだけ気にかかることも。それは、周囲から佐藤氏だけが実行できる特別なスタイルだと思われてしまうことがあるという点だ。

「私は、たまたま情報発信が得意だったから、バイヤーと情報発信を両方していますが、バイヤーもいろいろな人がいていいと思うんです。もっとその人の楽しくて得意なことを武器にした、多種多様なバイヤーが生まれてきてほしいなと思います。東急ハンズには個性豊かなバイヤーがたくさんいる、となったらおもしろいじゃないですか」

バイヤーの仕事に未来を感じ、誰よりも楽しんでいる佐藤氏だからこその言葉だろう。たしかにそれが実現したら、東急ハンズに足繁く通ってしまいそうだ。

バイヤーに向いている人は、「なんでもおもしろがれる人」

東急ハンズのバイヤー佐藤氏

本社で開かれた「スーツケース伝道師イベント」で集まったお客さんの意見をもとにつくられた「シフレ×東急ハンズ トライデントコラボ スーツケース 30L ネイビー」

「バイヤーの仕事は楽しいですよ、だって、世の中を変えてしまうかもしれないんですから」と目を輝かせて話す佐藤氏。話を聞いているこちらもなんだかワクワクしてきてしまう。では、バイヤーに向いている人とはどのような人なのだろうか。

いろいろなことに興味があって、なんでもおもしろがれる人だと思います。バイヤーの仕事は、プライベートと仕事の境目がありません。私はトラベル用品の担当だからとくにそうですが、日常生活で使うだいたいのものが旅行用品に関わってくるので、幅広くものごとを知っておく必要があるんです。

そして、マニアックに追求する視点と、全体を俯瞰してみる視点のふたつを持っていないと成立しません

自分が好きな商品であっても、あえて仕入れない場合もあれば、あまり気に入っていない商品でも、好きな人も必ずいるだろうと思って仕入れることもあるそうだ。また、ふたつの視点から見た景色と、蓄えた知識・経験がバラバラのままでは意味がない。佐藤氏のようにそれらをつなぎ合わせる能力も必要そうだ。

既存にないオリジナルのポジションをつくりたい

東急ハンズのバイヤー佐藤氏

佐藤氏の発信する情報は、店舗スタッフも接客して説明をする際の参考にしている

バイヤーになって今年で7年目になる佐藤氏。最後に短期と長期、それぞれで考える自身のキャリアプランについて教えてもらった。

「商品を仕入れるだけじゃなくて、情報発信までしていくスタイルを波及させたいですね。どうなるかはわからないんですけど、広報や販促とはちょっと違う社内メディアとバイヤーが掛け合わさったような活動ができたらいいなと思っています。それはここ数年単位でやりたいですね。

さらに先のこと……。まだ想像はできないのですが、既存にないオリジナルのポジションをつくりたいです。管理職にはなりたくないかな(笑)」

「周りが喜んでくれることが楽しい」。そんな子どもの頃からの思いを持ち続けた結果、回り道をしながらもバイヤーの仕事に辿り着いた佐藤氏。自分の人生がマイナスと感じたほどの挫折もいまでは笑顔で語れるほど、仕事への誇りとやりがいに満ちている。

「最近思うんです。夢が叶ったなって」

ぽろりとこぼれたこの言葉が、いまの佐藤氏のすべてを物語っている。

バイヤーの仕事について詳しく知るには職業ナビ!
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取材後記

取材をする前までは、バイヤーは商品を買い付けて、仕入れる人だと漠然と思っていたため、まず業務範囲の広さに驚いた。それに加えて「スーツケースの伝道師」「旅グッズの達人」としても活動する佐藤氏は、「もしや3人くらい影武者がいるのでは?」と疑ってしまうほどの行動力とアイデア、そしてたっぷりの愛嬌を兼ね備えていた。

バイヤーという仕事の型に囚われず新たなバイヤー像を作っている佐藤氏の働き方は、ほかの職種で行き詰まっている人たちにとって新たな道標を見つけるためのヒントになるのではないだろうか。佐藤氏には、これから先もバイヤーの最前線で活躍し続けてほしい。

佐藤宏樹さんのご紹介

東急ハンズのバイヤー佐藤氏

バイヤー/佐藤宏樹
東急ハンズ MD企画部 MD企画グループ チーフバイヤー。2004年に同社に入社。ららぽーと船橋店の配属になり、さまざまな分野を担当(家具、収納、室内部材、照明、ツール&マテリアル、文具、モバイル、傘、バッグ、トラベル)。2013年より本社にてトラベル・ウェザー用品バイヤーを務める。仕入れを行うだけでなく発信も含めて行うことがモットー。「スーツケースの伝道師」「旅グッズの達人」としても活躍中。

佐藤宏樹さんのリンク集

公式メディア:ヒントマガジン
外部メディア:TABIZINE

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坪根育美

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神奈川県出身。編集者・ライター。おもに、ものづくりや働き方をテーマに雑誌、Webメディア、書籍をはじめとする媒体で編集と執筆を行う。日々取材をしながら自分自身も新しい働き方、生き方を模索中。

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