この記事を書いたライター

笹谷 淳介

笹谷 淳介

鳥取県出身のフリーライター&エディター。ファッション誌の編集部を経て現在に至る。主にファッション・音楽・カルチャー系の紙媒体・ウェブメディアで活動中。音楽と古着がとにかく好きで休日は古着屋かレコード屋にいる可能性大。最近の趣味は町中華で美味しい炒飯を食べること。

2020年1月2日
日本の社窓から

神主 岸川雅範(神田明神)/ 元和から令和へ。歴史を学び、新たな発想を続け、時代を守る

皆さんは、東京にいくつの神社があるかご存じだろうか。

その数は、文化庁文化部宗務課が公表している『宗教年鑑』によると約1,800社。東京には多くの神社が存在している。そのなかでも人気を博しているのが、「神田明神」だ。

今回、お話していただいたのは神田明神で権禰宜(神社の一般職員にあたる)として働く岸川雅範氏。 神主兼広報的な立場から、一般の神社とは異なる新しい試みを生み出し続ける岸川氏の生い立ちから仕事観、神田明神の歴史についてお話ししていただいた。

なるつもりがなかった、神主という仕事

神田明神

御茶ノ水駅から徒歩5分ほどの位置に佇む神田明神

神田明神は東京の中心(神田、日本橋、秋葉原、大手丸の内、旧神田市場、築地魚市場など)、108町会の総氏神様として知られ、「明神さま」の名で親しまれる神社のひとつ。その歴史は古く、創建した天平2年から現在まで東京の守護神としてこの土地を守っている。

御祭神として大己貴命(大国主神、大国様)、少彦名命(恵比寿)、平将門命が祀られているのも特徴のひとつ。参拝することで縁結びや商売繁昌、除災厄除などご利益をもらえるという。また、パワースポットとしても有名ということもあり、連日多くの参拝者が訪れている、人気スポットだ。

そんな場所で神主として働くのが、岸川雅範氏。東京で生まれ育った岸川氏は、家柄が代々神主というわけではなく、一般的な家庭で少年時代を過ごした。神主になるつもりはまったくなかったと話す同氏がなぜ神主として神田明神で働くことになったのか、それは大学時代が大きく影響しているようだ。

「神職を学べる國學院大學の付属高校に通っていたんです。3年生のときの担任の先生が神社の資格を持っている方で、『神主の仕事もおもしろいかもね』と言われたことがきっかけで少し神主を意識し始めました。

でも、当時行きたい大学があったので、神主になるつもりなんてまったくなかったんです

神田明神の岸川氏

神主になったきっかけを話す岸川氏

演劇に興味があり、文筆家や脚本家を目指していたという岸川氏。行きたかった大学には入学することができず、半ば仕方ないかなという気持ちで國學院大學に進学し、神道について学ぶことになった。

ゼミで神社に足を運び、学ぶ毎日。自分にはできない仕事だなと思うこともあった。

「古い神社はだいたい、山の上の方にあるんです。半分外みたいな神社で、すごく寒いんです。僕、お腹が弱いんですよ(笑)。だから寒いのが苦手で……。神主の先輩方が、ここで2時間も3時間もお祭りをしますっていうのを聞いて僕には向いていないなと思ったんです。それで大学院に逃げたんです」

冗談っぽく話す岸川氏だが、大学院に進んだのは研究したいことがあったからだという。「人を神に祀る」ということについて研究していくなかで、神田明神で働くきっかけに出合うこととなる。

研究をきっかけに、神田明神へ

神田明神の岸川氏

大学院での研究をきっかけに神田明神で働くことになる

「東京に生まれ、東京の大学で、『人を神に祀る』ことを研究をしているなら平将門命を祀っている神田明神をテーマにするのがいいだろうと当時の教授から言われて。それで研究のために神田明神の宮司や関係者と知り合いになっていったのですが、そのなかでたまたま広報を担当していた方がお辞めになったんです。

神社も一般企業と同じように広報を担当する人間や経理を担当する人間がいるんですよ。神主って神聖な職業だと思われがちですけど、常務内容は各種儀式の執り行いだけでなく施設の維持管理、事務処理までをこなす業務の幅が広い職業でもあるんです。

大学院を卒業するタイミングだったので、そこに滑り込むように入れていただきました。だから劇的なきっかけとかはなく、流れでいまの職に就いた感じなんですよね」

文筆家や脚本家を目指していた青年が、神主として働く。側から見ると180度違う仕事をしていると思うかもしれないが、岸川氏はそうは思っていない。

「気づいたら物書きをしている感覚なんですよね。論文を書いたり、書評の執筆を依頼されたり、来年の2月には『江戸の祭礼と伝統文化論』についての本を出すことになっていて。神主という職に就いてから、どんどんやりたかったことに近づいているような気もしているんです」

神田明神の岸川氏

実際に働く、岸川氏

神主として、そして広報として働く岸川氏。なるつもりはなかったという気持ちからのスタートだったが、結果として“なりたかった自分”に近づいてきている。國學院大學に進学し神田明神で働くという同氏の選択は間違っていなかったようだ。

歴史的文化と現代文化の共存、神社としての新しい試み

神田明神の岸川氏

神田明神の試みについて話す岸川氏

毎日、多くの人が訪れる神田明神は結婚式や七五三、ご祈祷、お守りの販売などの一般的な神社と同じようなことが行えるとともに、平成のはじめ頃からほかの神社と比べて一風変わった試みを行っていることでも有名だ。

それは、奉納プロレスやアニメや著名人とのコラボなど、一見すると「神社でそんなことをするのは、罰当たりなのでは?」と疑問に思ってしまうことばかり。

「まず、神社にお参りに来るのは現代人ですよね。つまり現代の願いをするための場所なんです。だから神社は歴史的な文化を持っていながら現代文化でもあるんです。

そういった文化の中で奉納プロレスをしたり、境内でイベントしたり、アニメとコラボしたりというのを受け入れているんです。歴史を深く知っていくと、当たり前のことをやっているんだなと理解していただけるはずです。

現代の私たちから見たら、江戸時代の神社やお祭りはとても伝統的で古風なものに見えますが、実は、当時の流行を取り入れたものなんです。だからいま神田明神がやっていることと変わらないんですよね」

神社=神聖な場所というイメージから、新しいものと思ってしまう神田明神の試み。しかし歴史を理解することで、その疑問も払拭されると話す岸川氏。  

確かに、参拝者である私たち現代人は、仕事や日常の悩みも昔とは異なっているはず。そんなニーズに合わせていくということは必要なことなのかもしれない。

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広報として神田明神に奉仕する岸川氏。紹介した新しい試みの数々は同氏の仕事のやりがいにもつながっている。

「広報としてこういうふうにインタビューを受けたりすると、いろいろな人たちとつながっていけるんです。そういう出会いを大切にして、出会った方たちとコラボレーションすることは非常に楽しいことですよね。

最近は、小学館の方と知り合ったことをきっかけに『とっとこハム太郎』を絡めた企画展を行いました。これは、大己貴命のだいこく様がネズミに助けられたという神話から着想を得たもので、その話を作者の方にお話したら、ぜひやろうと快く引き受けてくださいましたね。

やっと、いろいろなものを絡めていくような試みができつつあるんです。今後もおもしろく、歴史と関連づけた試みを多くやっていく予定です」

当たり前に淡々と、働いていく

神田明神の岸川氏

今後のビジョンについて話す岸川氏

一期一会の出会いを大切にしながら、さまざまなイベントや催事をプロデュースしている岸川氏。笑顔で話す姿は、本当にこの仕事が好きなのだと感じることができる。しかし現在の仕事に対して不安や悩みはないのだろうか。

「あまり感じたことはありませんね。強いて言うのなら、着ている服が夏は暑くて、冬は寒いということでしょうか……(笑)。現状は満足して働けていると思いますね」

なぜ、満足して働くことができているのか。そこには今後のビジョンにつながる働き方のポリシーが影響している。それは淡々とやること

「神主として、お祭りやご祈祷を当たり前のごとくやることが1番重要だと僕は思っているんです。当たり前のことを日々やるのは人間にとって、実は非常に難しいことですけどね。それを踏まえたうえでイベントを行うことができるので、お祭りごとはきちんとするという当たり前のことを淡々としていって、そのなかで参拝者がおもしろいと感じてくれるイベントを今後もやっていきたいですね。あとは、何にせよ真剣にやることだと思います」

神田祭の冊子

神田祭の冊子

淡々と真剣に、そして当たり前に。この信念はなかなか実践できることではない。信念を曲げず、仕事に対してストイックな岸川氏だからこそ、参拝者がおもしろいと感じるイベントを多く成功させることができているのかもしれない。

いまを生きる、若者へ

神田明神の岸川氏

歴史を学ぶことが重要と話す岸川氏

最後に、いまを生きる若者へのメッセージとして「仕事との向き合い方」について岸川氏に聞いた。

「ひとつはきちんと仕事をするっていうすごく単純な心がけが大事ということ。あとは真剣に物事に取り組むということですかね。

ものすごく良い企画を考えたり、うまく話せるということも大事だとは思いますけど、まずは真剣に考えることの方が重要なんじゃないですかね。余裕があるよりはいっぱいいっぱいで真剣にやっている方がいいかなって思います。

そうやっていくと他人がやっていることも認められるようになるんじゃないかなと。あとは真剣にやっていない人がどういう人なのかがわかってくるし、そういう人とは仕事をしたくなくなると思います。そんな縁の結び方をしてもいいんじゃないかなって思います」

きちんと仕事をすることが大事だと話す岸川氏。神主という仕事に出合った岸川氏のように自分に適した仕事に巡り合うにはどうしたらよいのか、続けて聞いた。

「月並みですけど、まずは続けることが大事だとは思いますね。転職はしてもいいとは思うんですけど、同じ仕事を続けることが一番だと思います。同じことを続けるって結構大変だし、イライラするし、うまくもいかない場合もあるんですけど、ある程度キャリアを持つと精神的にも流れに乗っていけるんですよね。だから、我慢しろとは言わないですけど、続けてみるのもいいんじゃないかなと思いますね。

あとは、歴史をちゃんと勉強しましょう。イメージだけで生きていく人間って振り回されることが多いと思うので。僕も具体的な歴史を学んだから、いまの仕事ができている思っています。歴史は勉強しておいて損はないですよ」

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取材後記

東京に来て5年目になるが、初めて訪れた神田明神。お話を聞いてみると興味深い新たな試みを多く行う神社ということがわかり興味が湧いた。
奉納プロレスのお話や歴史のお話はプロレス好き・歴史好きの私からすると非常におもしろく、自宅に帰ってから歴史を再度学ぶきっかにもなった。

岸川雅範さんのご紹介

神田明神の岸川氏
神主/岸川雅範
昭和49年東京都生まれ。國學院大學大学院文学研究科神道学専攻博士課程後期修了、博士(神道学)。神田明神権禰宜。著書に「江戸天下祭の研究―近世近代における神田祭の持続と変容」がある。

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笹谷 淳介

笹谷 淳介

鳥取県出身のフリーライター&エディター。ファッション誌の編集部を経て現在に至る。主にファッション・音楽・カルチャー系の紙媒体・ウェブメディアで活動中。音楽と古着がとにかく好きで休日は古着屋かレコード屋にいる可能性大。最近の趣味は町中華で美味しい炒飯を食べること。

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