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長井杏奈

長井杏奈

生きるために食べるというより、食べるために生きている節があるフリーライター。好きが高じてグルメ系の記事を書くようになる。他には、ウェディング、トレンド、人事・採用系がメインジャンル。ライターの傍ら、司会・MC業も務めるパラレルワーカー。趣味は、一人旅に出ること、小説を読んだり書いたりすること、飲み会の幹事をすること。

2020年1月16日
スペシャリストたちの7つ道具

ヘアメイクアップアーティスト イガリシノブ(BEAUTRIUM所属)/SNSを武器に日本の「かわいい」を世界に伝える

おしゃれ+フェロモンの要素が組み合わされた「おフェロ顔」の女子たちで、街が埋め尽くされていた時期がある。かわいさだけでなく色っぽさを兼ね備えたそのメイクの生みの親こそ、ヘアメイクアップアーティストのイガリシノブさんだ。当時から現在まで、日本の女子たちの「かわいい」を生み出しているのは、ほかでもない彼女である。

プロのヘアメイクアップアーティストとしてモデルやタレントへのメイクをほどこすだけでなく、SNSを駆使して一般の女性たちにメイク方法を伝授し、自らもブランドを立ち上げるなど、パワフルに活躍するイガリさんに、来歴や仕事で欠かせない7つ道具についてお話を伺った。

「メイクさん」を知らずに専門学校へ入学

幼少期を横浜で過ごしたイガリさんは、男女混合のグループで活発に遊びまわる子供時代を過ごした。3歳から始めた水泳ではオリンピック強化コースに引き抜かれ、毎日友達と遊んでは夕方から練習に向かったという。当時同じクラスに通っていた生徒は実際に日本代表としてオリンピックで活躍した選手もおり、一緒に本格的な練習に打ち込んだ。さらにエレクトーンにも通い、現在の彼女を思わせるようなアクティブな生活を送っていた。

しかし、幼いころからメイクやファッションに特別興味を持っていたわけではない。たとえばエレクトーンの発表会で、ほかの生徒たちがドレスを着ているなか、ピンクのベレー帽にジージャン、ジーパンで演奏したこともあったというように。

ヘアメイクアップアーティストのイガリさん

昔から「親が放っておいてくれると行動力が出るタイプ」だったというイガリさん

小学校ではクラスでも目立つグループに所属していたイガリさんは、高校二年生までは薬剤師を目指していたという。

「母に薬剤師になった方がいいと言われていたので目指してはいたんですが、勉強が難しいからとりあえずやめようと思ったんです。実家からは出たいと思っていたタイミングで、ファッションの専門学校が夏期体験学習を実施していることを知りました」
もともとはファッション科への入学を考えていたが、ほこりアレルギーのため断念。ヘアメイク科に入り新生活をスタートさせた。しかし専門学校に行くまでは「メイクさん」という仕事もよく知らなかったという。入学後に初めてそういった職業があると知った

メイクの学校で専門的に学んだあと、卒業後の進路を考えるタイミングで「ヘアメイクのアシスタントになることもできるが、若いときに経験できることはしておきたい」と感じたという。いろいろなことにチャレンジしたいと考え、19歳で単身イギリスへ。英語が話せるわけでも現地の学校の入学手続きをしたわけでもなく、体ひとつで海を渡った。

「高校の頃、栃木に引っ越したんですが、そこでは友達といても自分を出せずにいたんです。でも周りと合わせていないと仲間から外れてしまうと思って。そういう“グループ感”が苦手でイギリスまで行きました。向こうではそういう縛りを感じることがなかったです」

ヘアメイクアップアーティストとして梨花さんと出会う

イギリスでショーでのヘアメイクなどさまざまな経験を経て日本に帰ってきた後は、平日は夜の仕事をする女性へのヘアメイク、土日はブライダルでのヘアメイクをしながら「ちゃらんぽらん」な生活をしていたというイガリさん。

ヘアメイクアップアーティストのイガリさん

お酒の席でたまたまある女性と知り合い、その繋がりで師匠と巡り会った

そして24歳のある日、師匠と巡り会いアシスタントとしての生活を始める。その師匠がきっかけで出会ったのが、歌手のAIさんであった。

「彼女は現場の誰ともわからない下っ端の人にも気さくで、こんな人がいるんだと驚きましたし、AIさんから受けた影響はいまでもずっと心の中にあります。そして、イギリスにいたころの枠にはまっていない感覚を思い出したんです」

アシスタントとして活動を始め、堅実な実力と「本当は全然なのに、私は出来る感じに見えるから」というキャラクターから、どんどん仕事を任されていった。その後アシスタントを卒業し、プロのヘアメイクアップアーティストとして活動を始めた
モデルの梨花さんとの仕事の機会に恵まれたのは、BEAUTRIUMに所属してすぐのことだった。現場でトラブルがあり急遽彼女の服を縫わなくてはいけなくなったとき、そのフォローを行ったのがイガリさんだったのだ。その日のうちに梨花さんからランチに誘われたという。

「私は人見知りだし、梨花さんはテレビでも大活躍していた方だったので、どうして誘われたんだろうと不安や緊張もありました」
現在メディアで見る彼女からは想像できないが、意外にも人見知りな性格だという。

ヘアメイクアップアーティストのイガリさん

本来は人見知りだが、引っ込み思案では始まらないと思える強さを持っている

ランチ中に梨花さんから「イガリのその根性はどこから来てるの?」と聞かれ、来歴を語った。すべてを話した後に言われた言葉が「イガリは私についてくれば大丈夫だから」だった。

「なんてかっこいいんだと思って。そこからほかの仕事は調整しながら、梨花さんの仕事だけは最優先しました」

厳しくも温かい言葉をかけられながら、イガリさんは梨花さんのもとでさらに実力を伸ばしていった。「私についてくれば大丈夫」という言葉があったからこそ、現場でほかの人に何を言われても「梨花さんがいいって言ったから大丈夫」と思えたという。

その後、梨花さんを始めさまざまな方を担当し実力を伸ばしていった。現在ではメイクアップアーティストとしてコラムで連載をしたり、インスタグラムでメイク動画をアップするなど幅広く活躍している。

ファンが頼れる軸を作るためにブランドを立ち上げる

ヘアメイクアップアーティストとして活躍するイガリさんは、2018年2月に新たなブランドを立ち上げた。いま女子の間で新たな定番になっているWHOMEE(フーミー)である。販売開始以来、その使いやすさや手ごろな価格から人気を博している。

WHOMEEの始まりは、イガリさんの著書『イガリメイク、しちゃう?』(宝島社)の出版までさかのぼる。「イガリメイク」が一世を風靡し、街中に「おフェロ顔」な女子があふれた2015年、彼女はおフェロメイクの総集編として書籍を出版。そしてすぐに産休へと入った。

本書はイガリさんにとって、総集編というある種まとめのつもりで出したものであった。しかし「本を読んでメイクをやる気になりました」といった声が続々と届き、この本が多くの女性の「メイクのスタート」になっていることに気がついた。

当時、すでに「イガリ売れ」という言葉が定着するほど、彼女の紹介した商品は売れに売れていた。しかし出産後に現場復帰したあと、あえてタイアップではなくブランドを立ち上げた。ここにあったのは、ファンへの思いだ。

WHOMEEのコスメ

2020年3月にはWHOMEEとディズニーストアとの共同企画品が限定発売される

「企業さんとのタイアップは、もちろん大切なお仕事でした。でもいろいろなものを紹介していくと、せっかく私を信頼してくれている子がいるのに、ブレが生じてしまうと思ったんです。だから軸をひとつ作ることで、みんながそこに頼れるようにしようと思いました」

ブランドを立ち上げる際、イガリさんは自分自身で地道に電話をして協力企業を探したが、このとき「単発でコスメを出すのではなく、ラインナップで出せること」を希望した。そしてコスメの開発でこだわったのが価格帯だ。「アルバイト代2時間分の価格」と設定し、学生でも手の出しやすいプチプライスのコスメを生み出していった。

「昔、自分の友人で借金してコスメやアパレルを買っている子が結構いたんです。でも自分が販売する側になったとき、参考にしてくれるユーザーがいるだけに、なおさらそれはどうなんだろうと思って」

メイクをほどこすヘアメイクアップアーティストのイガリさん

イガリさんの手にかかるとあっという間に「かわいい」が出来上がる

使いやすさと手ごろな価格で日本の女性たちに大人気となったWHOMEE、次なる展開は「アジア進出」だ。とくに台湾での展開を検討している。

「台湾の子たちはすごくかわいいのに、メイクはあまりしていなくて顔がグレーに見えます。少し前の日本みたいですね。素質はいいのにもったいないから、そこを狙っていきたいと考えています」

一人ひとりの声をひろいあげられるSNSの存在

押しも押されぬ人気メイクアーティストとなったイガリさんが、仕事で楽しさを感じるのはメイクをする女性たちからの声を聞くときだという。SNSがこれほどまでに普及し、以前よりも一人ひとりの思いが見えやすくなった。実際に約31万人(2020年1月現在)ものフォロワーを持つイガリさんのインスタには、さまざまなメイクの悩みやイガリメイクへの感謝の言葉が寄せられている。

「肌が弱くてメイクをしていなかったけど、リップだけでこんなに変わるなんて知らなかったとか。WHOMEEに出会ってメイクのやる気がでたとか。そういう声をもらえることが嬉しいです」

メイクをほどこすヘアメイクアップアーティストのイガリさん

『裏イガリメイク、はいどうぞ』(宝島社)など何冊も著書を出版している

こう話すイガリさんは日ごろから、インスタグラムで惜しげもなくメイク法などを伝えている。インスタライブを始めればすぐにフォロワーたちが集まり、コメントであふれるのがいつもの光景だ。

「ブログ全盛期のころはメイクよりファッションがメインで取り上げられていました。たとえばかわいいワンピースを紹介したとき、それは誰が着てもかわいいんことが多いんです。でもメイクはそのメイクが合わない人もいれば、そもそもそういうのが好きじゃないという人もいて。しかも私が直接メイクしてあげることは難しい」

だからこそSNSなどを通し、直接やり方を教えてあげることに楽しさを感じている。

家に帰れば一児の「お母さん」に

ヘアメイクアップアーティストのイガリさん

SNSでは自分を良く見せようとしすぎず、幸せなことは身近な人とだけ共有する

仕事で業界最前線を突き進むイガリさんは、家に帰ると子育て中の母親として奮闘している。着実に時代は変化しているものの、まだ多くの働く女性が「キャリアか、子どもか」の二択を迫られているのが現状だろう。

イガリさんは以前から子どもが欲しいという思いがあり、20代で結婚をしている。その後29歳で離婚をすることになり、自分自身を見つめなおしたという。

「自分のことを見つめて、友達のなかで誰のことがうらやましいのかなと考えました。そのとき、3人の子どもがいて子育てを頑張っている友達のことをいいなと思いました」

そして再婚後、30代で妊娠、出産。産休前に出版した書籍が大好評だったこともあり、「誰かに仕事を取られてしまうかもしれない」という焦りはなく、ゆっくり過ごすことができたという。

「30代になって自分で仕事上のいろいろなことを決めたりスケジュールを調整できるようになってからの出産でした。いま思えば、20代のものすごく働いていたときに出産していたら現在の立場はなかったと思います」

イガリシノブさんの7つ道具

今回の取材では、「かわいいの伝道師」であるイガリさんの、仕事に欠かせない7つ道具を教えていただいた。

1.THE NORTH FACEのトランク

THE NORTH FACEのトランク

中にはカメラケースがあり、壊れないようその中に化粧品が収納されていた

このブラックのスーツケースは、外見からでもメイク道具がいっぱいに詰まっていることがわかる。こだわりは、ソフトケースであること。ロケなどで移動が多いとき、道具をまとめてさっと入れることができる。またロケバスでも広げやすく、作業効率を上げてくれる。

2.iPad

iPad

何かを思い出すための時差がなくなり、物事をスムーズに考えられる

「頭がパンパンになると、人との接し方にも影響が出てしまう」というイガリさんを大いに助けているのが、iPadだ。あらゆることをノートにまとめておくことで、何か情報を引き出したいとき、頭で考えるのではなくノートを見ればいいという環境が余裕を生む。

3.WHOMEE

WHOMEE

使い心地だけでなく、パッケージのかわいらしさも特徴だ

自身のブランドWHOMEEのコスメも常に持っている。ほかのブランドのものも使ってはいるものの、その使いやすさからWHOMEEに落ち着くことが多い。

4.ヘアゴム

ヘアゴム

飾りのないシンプルな黒ゴムなど、この他にもさまざまなタイプのものがあった

イガリさんといえばポニーテールというイメージを持つ方も多いだろう。ヘアをまとめるゴムはブラックやブラウンなどダークカラーのシンプルなものをメインに、リボンのついたタイプなどもある。

5.サンダル

サンダル

自宅から現場まではヒールなどデザイン性のある靴で移動している

以前、イガリさんが担当するタレントが海外ゲストと対談をする際、ゲスト付きのヘアメイクさんが15㎝ものヒールを履いてきた。そして現場でさりげなくスリッパに履き替えるのを見てから、イガリさんも現場で履き替えるスタイルにしている。

6.ヘア ミスト

ヘアミスト

香水は匂いの好き嫌いが分かれるが、ヘアミストならさりげなく香らせられる

仕事柄、モデルやタレントの顔に近づくため、香水では匂いがきつすぎることがある。そこで普段から使っているのが、ヘアミストだ。頭であればメイク中に近づきすぎることもなく、適度に香りを漂わせることができる。

7.フルージュ(花王クリアクリーン マウスウォッシュ)

フルージュ

イガリさんはフルージュの世界観づくりから撮影のヘアメイクまで担当した

ちょっとしたときに口をさっぱりさせるのに、フルージュが役立つ。マウスウォッシュはミントなど辛めのテイストのものが多いなか、フルージュはレディピーチ、アクティブグレープフルーツ、イノセントアップルという刺激の少ないラインナップだ。

自分に残った「メイク」こそが人生の味方

人並外れた根性で、前へ前へと突き進むイガリさん。自分もそんなふうに、好きなことを仕事にしたい、やりたいことを頑張りたいとあこがれつつも、なかなか一歩を踏み出せない人も多いのではないだろうか。そんな読者へメッセージをいただいた。

「迷っていたら月日が経ってしまって、やりたいことや思いがズレていってしまいます。それで最後には、『あれをやりたかったのに』という思いだけが残る。だから、やりたいと思ったときにやらないと」

また、「パートナーや親のせいでやりたいことができない」という悩みを抱える人も多いだろう。やりたいことがあっても、誰かに反対されたり束縛されたりして、二の足を踏むというのはよくある話だ。そんなとき、「何が自分の味方か」を考えるとよいという。イガリさんの場合、それはメイクだった。

「私は最初の夫と離婚したとき、もう全部いらないから家を出たいと思って、メイク道具だけを持って離れました。その後帰ってみたら荷物がなくて、私に残ったのはメイクだけだなと思ったんです。仕事が自分の味方だなと」

イベントでトークするヘアメイクアップアーティストのイガリさん

メディアだけでなく、大学などあらゆる場所でのイベントから声がかかる/©近畿大学「KINDAI サミット Woman of K」

SNSが発達し多種多様な情報を取り込めるようになり、メイクバブルとなった現代。しかし知りすぎてしまうことのデメリットもある。

「他人のSNSを見て、自分とみんなは違うと落ち込んだりジェラシーを抱いたりしますよね。でもそれは手前を見すぎ。もっと先まで考えないと。いま違うからどう、ということではなく、将来のことまで考えればそれほど嫉妬しないと思います」

もちろんSNSの発達には、メイクのテクニックやコスメ情報などを得られるという大きな利点もある。さらに、いろいろなタイプの人が情報発信できるようになり、その分だけさまざまな形が受け入れられる時代だともいう。

「昔はギャルの子でも、細くないとかわいいと言われませんでした。でもいまは、一重でもぽっちゃりしていても関係ないですよね」

これからも、WHOMEEのコスメを、そしてインスタグラムなどのSNSを通して多くの女性たちに「かわいい」を伝え続けるイガリさん。今後どんな新しいメイクを生み出すのか。日本中の女性たちが期待している。

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取材後記

取材中、ときには笑いを交えながらいろいろな話を教えて下さったイガリシノブさん。取材陣への柔らかい対応と同時に、アシスタントには厳しくもスマートな指導を行っている姿が見受けられた。どちらの面も持っているからこそ、業界最前線での活躍が可能なのだろう。
そんな彼女はもともと若い世代からの支持が厚かったが、2018年9月にテレビ番組『情熱大陸』に出演したことがきっかけで40、50代の女性からも注目されるようになった。いまや、日本中の女性たちが彼女のとりこなのだ。

イガリシノブさんのご紹介

ヘアメイクアップアーティスト/イガリシノブ(BEAUTRIUM所属)
1979年横浜出身。バンタンデザイン研究所で知識を学び、ロンドンにて経験を積む。帰国後、ヘアメイクアップアーティストとしてBEAUTRIUMに所属、「おフェロメイク」を生み出した。現在はコスメブランドWHOMEEのプロデュースなど、活躍の場を広げている。

この記事を書いたライター
長井杏奈

長井杏奈

生きるために食べるというより、食べるために生きている節があるフリーライター。好きが高じてグルメ系の記事を書くようになる。他には、ウェディング、トレンド、人事・採用系がメインジャンル。ライターの傍ら、司会・MC業も務めるパラレルワーカー。趣味は、一人旅に出ること、小説を読んだり書いたりすること、飲み会の幹事をすること。

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