この記事を書いたライター

金井 幸男

金井 幸男

大学卒業後、編集プロダクションを経てフリーの編集・ライターに。ファッション関係を中心にペットやグルメ、スポーツ、美容など、幅広いジャンルで活動する。趣味は映画鑑賞とテレビゲームだが、ともに娘が生まれて以来まともに絡めていない。ダイエットのため、深夜に代々木周辺を徘徊中。

2020年1月30日
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みそソムリエ 小野敬子/味噌汁を飲まなかったママが伝える味噌の魅力

1月30日は「みその日」。味噌汁をはじめ日本人の食卓に欠かせない存在のひとつである味噌。だが、実は知っているようで詳しくは知らない調味料でもある。そこで注目したいのが、味噌にまつわるさまざま提案、ディレクション、味噌作りのレクチャーなどを行う、「みそソムリエ」という資格。

小野敬子さんは東京都町田市の「井上糀店」を拠点に、各地で味噌作りワークショップを行っているみそソムリエだ。かつては味噌嫌いだったという彼女が、なぜ資格を取得するまでに至ったのか。また、どんな展望を抱いているのか。愛用の7つ道具とともに、みそソムリエの仕事内容や魅力を伺った。

お菓子作りが大好きでパティシエになりたかった

みそソムリエの小野さん

小さな頃から料理が好きで、成長してからも変わらなかった

「活発な子どもでしたね。小さいのに口が達者なガキ大将的存在です。当時から料理が好きで、とくに得意なのはお菓子作り。パティシエになりたいと思っていたくらい」

と、小野さんは自分の幼い頃を振り返る。

「高校時代はアルバイトと部活、それにカラオケに夢中。バドミントン部が週3、バイトは週4くらい入っていました。空いた時間に歌って、家には寝に帰るだけみたいな(笑)」

アルバイトは飲食系を中心に時給の高いところを渡り歩き、10か所以上経験したとか。これだけだと青春時代を自由に過ごせていたように思えるが……。

「結構、厳しい家だったんです。7つ上の姉がいるのですが、スカートを引きずってペラペラのカバン持った、いわゆるスケ番。年中叱られていた彼女を反面教師にして、私はいい子でいようと。だから、ある程度自由にさせてもらえましたが、それでも門限は22時。さすがに守れないため、バイトの出勤日に限り23時としてもらい、常にバイトと言い張ってごまかしていました」

高校卒業前の進路選択時にも親からプレッシャーがかかった。パティシエの専門学校に進むことを許してもらえなかったのだ。

夢を諦めて就職、結婚して地方へ

味噌ソムリエの小野さん

希望する進路を許してもらえず、高校卒業後は歯科助手として歯科医に就職した

「大学か短大に行かないなら、長く安定して使える資格の取れる学校に入るよう言われました。そのため、栄養士を目指すことに。でも、志が弱く中途半端な思いですから、合格に至りませんでした。そして、そのまま進学は諦めて就職したんです」

アクティブな彼女らしく速攻で内定をもらい、卒業式からわずか一週間ほどで初勤務を果たす。

「歯医者に就職し、正社員の歯科助士になりました。今までの希望と全然違う仕事ですが、クリーンな場所で働きたかったんです。以前、居酒屋バイトでタバコの煙に辟易してしまって。それに、歯医者嫌いでもなかったんです」

約2年勤めたが、意外な理由で退職。スキーとスノーボードをやるためだ。

「元々、家族でスキーをしていて、のちに姉とスノボもするようになり、長年冬の楽しみでした。ところが、歯科医の定休は木曜・日曜。そのため、土日休みの姉とタイミングが合わず、滑れない不満が溜まっていたんです」

久しぶりに仕事をしない日々、ひと冬をスキー場の寮で過ごした。

「そして、縁あって結婚。長野県茅野市の車山高原で新生活をスタートさせました」

そこでスキーインストラクターの資格を取得して冬はスキー場で、夏になるとゴルフ場のキャディさんとして働く生活を送った。

「レジャーが盛んなエリアですから、季節に合わせた二毛作バイトがスタンダードなんです。4シーズンは掛け持ちをしていましたが、キャディをしているうちにゴルフが楽しくなって1本に絞りました」

ゴルフ場だけで働くようになって4年が経った頃、離婚により実家のある町田市に2人の子どもたちを連れて帰ることになった。

「まだ幼い娘たちと一緒に帰郷。でも、なんとかなるのはわかっていたので暗い感じではなかったですよ」

帰郷後、井上糀店の味噌に衝撃を受ける

井上糀店

地元・町田市にある老舗の井上糀店に姉と訪問。ここの味噌との出合いが価値観を変えさせる

東京に戻ってきて知ったのが、糀や味噌を生産・販売している井上糀店だった。

「私が長野で暮らすようになった数年後、りんごとニンジンのミックスジュースをきっかけに姉がアレルギーを発症しました。果物全般がNGになり、時が経つと大豆や小麦までアレルゲンと診断されました。パンとパスタが大好きな姉でしたから、大変なショックだったと思います」

今から20年ほど前の当時はアレルギーに対して世間の理解度が低く、神経質過ぎる! ただの好き嫌いだ! という反応も多かった。

「好物と別れ、外食にまで行けなくなった姉はひどく落ち込み、私も彼女が食べられないなら付き合おうと食生活の見直しをしました。小麦粉を米粉に変えたり、食品表示を細かく確認したり。そんななか、塩糀が体にいいと聞き、積極的に取り入れるようにしたんです」

ブームを経て、今でこそメジャーな存在の塩糀。10年ほど前はさほど知られておらず、購入できるスポットも少なかった。

「塩糀をとおして糀が身近に感じるようになったそんなときに『私でも食べられる味噌が糀店で売っている!』と感激している姉に連れられて向かったのが井上糀店でした。自分の地元、町田市のお店なのに知らなかったと驚きつつ、試食のお味噌をいただいてさらにビックリ。衝撃のおいしさでした

もっと味噌や糀について学びたい!

みそソムリエの小野さん

味噌に魅了され、より深く知ろうと井上糀店で働き始める

それまで味噌が苦手で、味噌汁は具だけ食べて「ご馳走さま」をしていた小野さん。初めてお味噌に魅力を感じたそう。

「井上糀店の社長である井上千重さんから、自分で手作りするともっとおいしいよ〜と自作キットを勧められ、オリジナル味噌に挑戦。料理好きですから、抵抗なく入れました。半年後、完成した我がお味噌を食べてみると、また衝撃が。あまりのおいしさに、私って天才だわって思うほどでした」

この感動を井上糀店の千重さんに伝えたい。報告しに行くと、次は味噌作りに欠かせない糀について学びたくなり、気づけば通うようになっていた。

「その頃は再びキャディをしていたのですが、空き時間にアルバイトさせてもらい、そのまま井上糀店だけで働くようになりました

味噌と糀にどっぷり浸かる毎日。そんなときに同僚がみそソムリエの資格を取ったと教わる。

「なんだろうと調べたら、一般の資格で誰でも受験できて。私も取らなきゃと勉強し始めました。そもそも、千重さんが開催している味噌作り教室を、とても素敵だなと思っていたんです。子どもたちに本当においしくて、体にいい食べ物を教えることは大事。それに味噌文化を広めて残していかないと、将来失われてしまうかも知れない。なんだか私、勝手に責任感や使命感を持ってしまって(笑)」

みそソムリエに合格して日本の食文化を広める立場に

みそソムリエの小野さん

井上糀店を拠点に2013年からみそソムリエとして活動する

井上糀店のバックアップを受けながら、2013年にみそソムリエの資格を取得。日本に根付く味噌文化を、正しく広める伝道者として活動し始めた。

「ちょうど『自分の好きなことで食べていこう』という盛り上がりがあった頃。私はmixiで人気ブロガーによるセミナーを知り、参加したいなと思ったのですが、参加費用を出す余裕はない。ならばと、その会のケータリングを請け負いますと交渉しました。結果、60人分の食事を用意するのと引き換えに、セミナー聴講ができるようになったんです」

以降、食事担当の運営スタッフとして有名ブロガー主催のセミナーに参加。ブログ運営のコツを教わり、実際に365日間休まずにブログを書き続けた

「その甲斐あってか、フードコーディネーターの仕事をいただけるようになりました。福島県復興事業の一環として現地の食材を使ったレシピブックを、現地の味噌蔵と協力して作ったことも」

みそ作りワークショップを開催し好評を得る

味噌づくりワークショップの様子

味噌の専門家としてフードコーディネーターを勤めるだけでなく、ワークショップも精力的に主催

さまざまな企業や自治体とのコラボレーションだけでなく、味噌作りのワークショップも定期的に開催している。

「みそソムリエってインパクトありますよね。だから、興味を持ってもらえて、メッセージが伝えやすい。味噌は身近すぎて誰も気にしないものですが、私が話すことで価値をわかってもらえるようになりました」

味噌や糀の魅力を教え広められるポジションにつき、もっとも注力しているのが食育だそう。

「私自身、毎朝甘酒を飲むようになって体調が変わりました。風邪を引かなくなり、便秘も解消。肌の調子まで良くなったんです。ほかの人たちにもよさを感じてもらえれば」

体にいいとされるココアを毎日飲み続けるのは正直しんどい。でも、味噌汁なら苦もなく続けられるはず。

「体の細胞は、100日間で入れ替わると言われています。ですから、食生活を100日間改めるとすごく実感できるんです。ファスティングに興味がある女性には、調子が悪いときは味噌汁と甘酒が有効だと勧めています」

みその魅力を伝えるのに欠かせない7つの愛用品たち

小野さんの7つ道具

ワークショップのときは大量の材料を持ち運ぶのに苦労するそう

エプロンや手ぬぐいといったアイテムだけでなく、自分で作った甘酒や調味料なども大切なパートナー。電卓でワークショップ運営に必要な経費を明らかにするのだって仕事のひとつなのだ。

1.エプロン

エプロン

ワークショップで必ず着用しているお気に入りの1枚

カフェで働いていたときに、オーナーの友人が作ってくれた。「麻だから丈夫で、使うほど風合いもよくなります。スタッフ6人分作っていただいたのを、そのカフェが閉店する際にすべて私が引き取りました」

2.手ぬぐい

手ぬぐい

複数所有し、さまざまなシーンで重宝しているそう

沖縄旅行の際、竹富島で購入。「今、手ぬぐい収集にハマっていて。頭に巻いたり、食器や手を拭いたり、何にでも使えて便利なんです」

3.カシオの電卓

カシオの電卓

大豆や塩、糀の分量を数値化するだけでなく、ワークショップの予算出しにも使用

「味噌作りの際、各材料の割合を出すのにマスト。また、ワークショップの予算を決定するときにも必要です。規模や参加人数に応じて、いろんなことを計算しないといけませんから」

4.味噌

味噌

自宅にはさまざまな発酵具合の味噌が並んでいるとか

ワークショップのときは、生徒と同じ過程、材料で自分用のサンプルも作る。「完成するまで時間がかかりますからね、問い合わせが来たときに同じ状況の味噌が手元にないと答えにくいので」

5.甘酒

甘酒

甘みは基本的に甘酒で加えているので、砂糖を摂らない食生活が実現できる

米糀を使った手作りのもの。「自分で飲む用にでき立てを持ち歩いています。砂糖の代わりにもなるんですよ。仕事道具というより生活必需品です」

6.塩こうじ

塩こうじ

健康食品として定着した感のある調味料。もちろん、井上糀店でも販売している

井上糀店の米こうじから個人的に手作りしているが、便利な完成品も販売されている。「お塩の代わりに何にでも使います。野菜スープを作るのにも固形コンソメ要らず。ペペロンチーノだっておいしく作れるんです」

7.米しょうゆ糀

米しょうゆ糀

複雑な工程は必要なく、米糀を醤油に浸けて作っている

「何にでも合う醤油をさらにグレードアップ。これとお酢、油さえあれば大抵の料理が作れます。料理嫌いの友人はそのままご飯にかけて食べているそうです」

食育の大切さを痛感。いずれは保育園を

みそソムリエの小野さん

自分が経験した食による変化を子ども達にも伝えたい

子どもたちが主役となる味噌作りワークショップをもっと開催したいという小野さん。しかし、問題も多いとか。

「多くの小学校や自治体は予算が不足しています。それほど食育に力を入れてないんですね。だからなかなか教えられる現場がない。それでも、いくつかご依頼いただき、材料費のみのボランティアに近い活動もこなしています」

手作り味噌の楽しさ、おいしさ、パワーを教えながら、目指しているのは保育園経営だという小野さん。小さい頃からいい味噌や糀に馴染んでいれば、日本の伝統を忘れないはず。何より健康でいられる。

「正直、今の段階ではどうやって設立、運営するのかわかりません。それでも、いつかは叶えたいですね」

みそソムリエの仕事について詳しく知るには職業ナビ!
 ▶︎「みそソムリエ」を詳しく見る

取材後記

ジャンクフード大好きで、30年近く食生活を顧みなかった小野さん。それが、たった一回の味噌との出会いによって大きくシフトし、日本の優れた食文化を伝える先生に。実際に食べさせてもらった手作りの味噌や甘酒は、とても深くておいしかった。彼女主催のワークショップが常に盛況で、リピーターが多いのも頷ける。興味があるなら、活動スケジュールをHPやフェイスブック、インスタグラムでチェックし、イベント参加してみるといいだろう。

小野敬子さんの紹介

みそソムリエ/小野敬子
1979年東京都町田市生まれ。さまざまな職業を経て明治初頭より続く老舗、井上糀店に就職。2013年、みそソムリエに。手作り味噌の魅力を伝えるべく、ワークショップやレシピ監修の活動を行っている。

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金井 幸男

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