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黒川直樹

黒川直樹

「KUROKO」代表。インタビュアー。ライター。カメラマン。家具手加工技能士。カルチャー・スポーツ・グルメを中心に取材・写真撮影をしている。前職はグラフィック・WEBデザイナー。インタビューがライフワーク(インタビューサイト「LOST」運営中)。生まれ変わるならシロナガスクジラになりたい。

2020年2月6日
スペシャリストたちの7つ道具

パティシエ・ショコラティエ 小山進(パティシエ エス コヤマ オーナーシェフ)/海をも渡った熱き童心で甘い幸せを届ける

社会に出れば、一定のルールやマナーを守らなければならない。だからといって「大人らしく振舞わなければダメ」なのだろうか? 子ども心はすべて捨て去って?

パティシエ・ショコラティエとして活躍する小山進氏。海外から高く評価されたスイーツ・ショコラづくりをはじめ、パッケージやコスチュームのデザイン、店舗イメージ、本や講座のプロデュースなど八面六臂のすさまじい働きを続けてきた。

そんな小山氏は、創作の日々について「子どもの頃と同じ」と何度も言う。稀代のパティシエ・ショコラティエが? 子どもの頃と変わらない気持ちで働いている? いったいどういうことなのか。愛用する7つ道具とともに紐解く。

シェフの原点は、「子どもの頃」のものづくり

パティシエ・ショコラティエの小山氏

小山氏はロックバンドの現役ボーカリスト。ハスキーボイスがセクシーだ

小山氏は代表作「小山ロール」など、独自のスイーツを生み出してきた。とくにショコラは2011年~2018年にかけ、世界的な品評会※の最高位を8年連続で受賞した

素材の特徴を最大限に引き出す技術と科学的な裏づけ、豊かなストーリー性をベースにした組み合わせの妙、和洋を問わない食材のマリアージュなど際立った特徴が高く評価されている。

菓子づくりで大切なのは「自分しか手にすることができない、魅惑的な素材と出合うこと」だと話す小山氏。素材と自身のセンス、経験、アイデア、日常におけるさまざまな体験を掛け合わせ、新商品を生み出すのだ。

何かをつくるのは、子どもの頃から好きだったという。

「絵を描いたら母に見せ、工作すれば友達に見せ、何かつくれば誰かに見てもらっていました。僕より上手にできる子がいれば悔しくて、自分なりに工夫して。

当時から、ものを考えたり、生み出したりしても、人に知ってもらおうとしなければ絶対に伝わらないと感じていたし、納得いくまでつくり込んで、『どうじゃー!』って見せるのも楽しかったですね」

※「C.C.C.」(Club des Croqueurs de Chocolat):フランスで最も権威あるチョコレート愛好家協会の品評会。2019年は開催がなかった。

ケーキ職人の父と、ケーキ屋にさせたくなかった母

パティシエ・ショコラティエの小山氏

「パティシエになる道は、専門学校以外にもある」と話す小山氏。ただ、自分自身にとっての進学は「広い視野を持つきっかけになった」という

小山氏の父親は、ケーキ職人だ。仕事が忙しく、遊んでもらった記憶は「あんまりない」という。

「父には、父親がいなかったので、息子である僕に、どう接したらいいかわからなかったらしいんです。『父親としての自信がない』と。叱れたこともありませんでした」

そんな父の仕事を「おもしろそうだ」と思っていた小山氏。高校2年生のクリスマス、父の店でアルバイトをした。そのとき、初めて叱られた。1年で最大の繁忙期、製造を少しでも早く終わらせるため、ほかの職人に協力を求めたことが原因だった。

「『頑張らなければならない日に、甘えるな』と叱られました。ただ、そのあと父は『気を悪くするなよ』って言ったんです。

息子を叱るにも気を使うほど自信がないのに、僕を育ててくれた。自分がパティシエになれば、父が残した価値を受け継ぎ、父の人生も肯定できると思いました

小山氏は、菓子づくりの道に進むと決めた。

小山氏の焼き菓子

包み方ひとつからも、真心が伝わってくる焼き菓子

高校を卒業後、大阪あべの辻調理師専門学校に進学。大根のかつら剥きなど調理の基礎や各ジャンルの料理を学んだ。製菓の道に進むことについて、父親は何も言わなかった。

「ただ、母には『ケーキ屋にはなるな』と言われてました。幼稚園くらいから、ずっとでしたね」

小山氏が学生だった1970年代から80年代前半。洋菓子やケーキの文化は、今ほど広まっていなかった。小山氏も近所に住んでいた知り合いから直に、父の仕事について「水商売」と言われたことがあるそうだ。

「母は僕の友達が大学に通っている4年間、僕を迎えに来て『やめろ、やめろ』って連れて帰ろうとしてました。『あなたも大学に行きなさい』と

それでも志はゆるがなかった。小山氏は専門学校を1年で卒業し、兵庫県神戸市にあるスイス菓子ハイジに就職。カフェのキッチンに配属された。

就職先で「社長になる」と豪語した新人時代

パティシエ・ショコラティエの小山氏

入社時、「将来、ハイジの社長になります」と宣言した小山氏。経営陣は驚いていたという

ハイジのカフェでは紅茶やサンドイッチ、デザートをつくった。慣れてしまえば考えなくてもできる作業だ。それが小山氏には物足りなかった

「『ケーキ屋はやめて』と泣く母を押し切って、この世界に入った。僕じゃなくてもできる仕事を、こなすだけではいたくなかった

ある日、小山氏はトーストセットに、ちょっとした工夫を施した。

「トーストに添える四角形のバターを、バラの形にして出したんです

インスピレーションの源は、父が行っていた細工だった。

「見よう見真似でしたけどね。つくって出したら、お客さまだけじゃなく、社長にも驚かれましたよ。『変わったことをする奴がいる!』って。

先輩や上司は気分がよくなかったでしょうね。1年目の社員なんて何の権限もないんだから、勝手にバターに細工するなんてダメですよ、本当は。
でも、僕はハイジで社長になりたかったし、いずれは人が驚くような菓子がつくりたかった」

小山氏のケーキやタルト

瑞々しい果物と焼きたて生地のマリアージュが美しい

それならば、ルーティンではないこと、人と違うことをしなければならない。

「当時、入社してたった数か月の19歳。技術なんてまったくなかった。でも、意識やイメージは通用すると思った」

となれば、残るはスキル ―― 妬まれても、軋轢が生じても、人と違う発想と行動で高みを目指し、技術を修得すると小山氏は決意した。社長の後押しもあった。

「バターをバラにしたあと、社長に言われたんですよ。『オマエはアホか、超天才かどっちか。もしも天才なら、足を引っ張る先輩が出てくる。それに負けない技術力と精神力、人間性を磨け。覚悟があるなら、全面的に応援する』って」

以降、小山氏はだんだんと大きな仕事を任された。

「社長やお客さまに『オマエに頼んだらいいものができるな。完璧な仕上がりになるな。一番早いな』って喜んでもらい、褒めてもらうと次もまた自分の仕事を見てもらいたくなる。絵を描いては母に見せ、粘土細工をつくっては友達に見せた、子どもの頃と同じですよね

ハイジに勤めた15年間で本店のシェフ・パティシエ、商品開発部長などを歴任した小山氏。洋菓子コンクールや人気テレビ番組「TVチャンピオン」でも大活躍し、「パティシエ・小山進」の名は全国区になった。

独立し、立ちあげた「エスコヤマ」と代表作「小山ロール」

es koyama

2019年にリニューアルオープンしたes koyama(エスコヤマ)

小山氏の評判が社外にも轟く一方、家庭には危機があった。息子が腎臓病を患ったのだ。医療費がかさみ、どうにかして費用を捻出しなければならなかった。

ハイジとの1年間に及ぶ話し合いを経て、2000年に独立した小山氏。10社を超えるクライアントの商品開発や技術指導など、コンサルティングを受け持った。このとき必要になったのが、商品開発に集中できる場所だった

本拠地に定めたのは兵庫県三田市。小山氏が少年時代の夏休み、泊りに行った同じく兵庫県多可町加美の祖母の住まいと、よく似た雰囲気だった。

子どもの頃、虫取りや魚釣り、竹トンボをつくって遊んだ環境、インプットの感覚がある場所でものづくりをしたかったんです」

2003年、小山氏にとって初の店舗となるパティシエ エス コヤマがオープン。神戸市の中心部から30㎞以上もあるため「ここで商品が売れるなんて思っていなかった」と小山氏は回想する。

だが、予想を裏切る状況に陥った。連日、商品が2時間で売り切れてしまうのだ。

もう一度、店内を商品でいっぱいにするのは時間的に厳しい。そもそも、エスコヤマの第一の目的は商品開発。小山氏が理想とする店舗イメージからもほど遠かった。

「お客さまからすると、なにも買えなければ『あの店、なにやっとんねん』ですよね。期待に応えらないのが辛かった」

「本店のつくりを間違えた」と自覚した小山氏は、1年目から改装することを決意。2005年、カフェeS LIVING hanareとショコラブティックquatrieme chocolat・進を開店してからは商品ごと、専門ごとの深掘りと商品づくりを行うべく、分家を進めた。

現在、敷地には複合空間のFRAME、子どもしか中に入れないパティスリーである未来製作所など、8ブランドの施設が並ぶ。本店も2019年に改装され、開業時300坪だった敷地面積も1500坪まで拡張。休日ともなれば約4.000人が訪れる。

小山ロール

見た目はシンプルな小山ロール。だが、材料の配合は「変態的」と小山氏

看板商品は一日1600本を売り上げる「小山ロール」だ。

しっとりふわふわの生地と2種のクリーム、栗だけでつくられる小山ロール。シンプルだからこそ個性が際立つ逸品は、完成まで3年を要した。味の決め手は「オーブン」だった。

小山氏が愛用するパティシエ・ショコラティエの7つ道具

営業の鍵であるオーブンをはじめ、ここで小山氏の仕事を支える7つ道具をご紹介しよう。

1.七洋製作所「南蛮窯バッケン」

七洋製作所「南蛮窯バッケン」

現在、敷地内で8台が稼動中のオリジナルオーブン

おいしい生地の誕生をきっかけに生まれた「小山ロール」。生地づくりを続けるなかで、素材の状態と季節にあった配合・焼き具合が見えてきた。小山氏は使用していた「南蛮窯バッケン」のメーカー・七洋製作所に相談。七洋製作所が小山氏の意見を取り入れ、気密性や排気性を改良する形で、現在の「南蛮窯バッケン」が出来上がった。

2.オリジナルのコックコート

コックコート

コックコートは今後も増えていくそうだ

「フランス人が真似するようなコックコート」がつくりたかった小山氏。白龍堂と共にオリジナルを開発した。コックコートの象徴だったボタンを使わず、着脱はファスナー式。生地もデニム素材などバリエーションをつくり、あらたな定番を打ち立てた。小山氏が第一弾のコックコートを発表した翌年、フランス人が真似をしたという。

3.「BALMAIN」(バルマン)のデニム

「BALMAIN」(バルマン)のデニム

ボタンやファスナー、別の生地の縫込みなど、細部にこだわりが見られるBALMAINのデニム

オープンキッチンでの調理やメディア出演、表彰式など、人に見られる機会が多い小山氏。身だしなみにもこだわる。たとえば、デニムは「BALMAIN」。立体感やフォルムがよく、動き易いことから愛用している。

4.「JOHN ROBB」(ジョン・ロブ)の靴

「JOHN ROBB」(ジョン・ロブ)の靴

手入れが行き届き、しっとりとしたツヤがあるシューズ

手入れをし、修理に出しながら履く「JOHN ROBB」のシューズ4足を所有する。先日、パリのサロン・デュ・ショコラというイベントでセレモニーに出席した。

ショコラティエ300人が集まるなか、小山氏は主催者に「ススムの靴が一番ステキね」と声をかけられたそうだ。「気に入ったものを大事に、手入れしながら長く使う感覚は、仕事の取り組みにも大きく影響します」と小山氏は話す。

5.チョコレート所作

チョコレート所作

男性人気も高いというチョコレート所作

チョコレートのとある取材後、メディア側のスタッフが「スタジオに戻って、断面を撮りたい」と希望。小山氏がチョコレートを送り、いざ放送を見ると断面がガタガタ、ぐちゃぐちゃ。

残念な思いが続いた小山氏は「龍泉刃物」社とコラボし、きれいにカットできるナイフとカッティングボードがセットになった「チョコレート所作」を製作した。700年の伝統を受け継ぐ龍泉打刃物のナイフ、そしてウォールナットから切り出されたカッティングボードが、ショコラとのひとときを上質に演出する。

6.マジパンスティック

マジパンスティック

刃先、先端の形の数だけ、マジパンの表情は豊かになる

「TVチャンピオン」に出場していた時代、競った職人たちは飴細工を施した。小山氏はひとり、マジパン細工※を飾った。「エスコヤマ」オープン後も、小山氏にマジパンを期待する客が多く、のちにマジパン本も監修・出版。 マジパン細工は小山氏にとって思い入れがある製菓となった。

上の写真でずらりと並ぶのは、小山氏がマジパン細工専用にしているスティックだ。今後もマジパン本のリリースや特別コラボが続くという。

※アーモンドとシロップを混ぜて練り合わせた製菓。動物のキャラクターなどをつくる。

7.オリジナルの深いボウル

オリジナルの深いボウル

材料を混ぜ合わせるのに適した深さ、広さのオリジナルボウル

試作を日課とする小山氏。少量の材料を混ぜ合わせるとき、難しいのは空気の量の調節。販売商品の仕込みでは、大量の材料をいっぺんに混ぜ合わせるが、このときと試作時とでは、混入する空気の量が異なる。

できるだけ差を小さくすべく、オリジナルのボウルがつくられた。自宅でお菓子づくりを楽しむ方にも、おすすめの3つ揃いだ。「劇的に仕上がりが変わりますよ」と小山氏。

売れなかったショコラが世界を席巻

小山氏のショコラ

小山氏はカカオを追求すべく、世界中の生産者・農園を訪ね歩く

小山氏の代名詞といえば「小山ロール」と「ショコラ」。しかし、ショコラは当初、まったく売れなかったという。

「大量に残って、その多くは泣く泣く廃棄せざるをえなかった。僕はフランスで修業をしてないし、時代的にも日本人のショコラは見向きもされなかった」

しかし、うまく行かなければ原因を見つけ、弱点があれば克服する。それが小山氏の生き方だ。ショコラにも課題を見い出し、独特な「物の見方」を重ねあわせながら取り組んだ。

「僕はドラマを見たり、ライブに行ったりしても、『これがおもしろいのはなぜか?』と考えるんです」

ドラマやライブを見ても、人物だけに焦点を合わせない小山氏。「自分がなぜ、これにはまっているのか」を考え、演出やセット・ライティングの意味・効果にまで思いを馳せる。さらに時代の変化も想像しながら「おもしろさ」を分析する。ショコラも同じように掘り下げた。

ショコラ専門店Rozilla(ロジラ)の店内

ショコラ専門店Rozilla(ロジラ)の店内。泥団子や機械式の時計など小山氏の幼少期を象徴するモチーフがぎっしり

2011年、日本全体が東日本大震災によって落ち込み、海外からは食の安全への厳しい指摘が相次いだ。小山氏は「日本人魂を見せてやらなあかん」と一念発起。改良を続けたショコラを、以前から誘われていた「C.C.C.」のコンクールに出品した。

その結果、外国人かつ初出品でありながら、最高位を獲得。史上初の快挙だった。

パティシエ・ショコラティエの魅力について、小山氏はこう話す。

「味覚やデザイン、空間、お客さまの反応。僕が興味があることのすべてを注ぎ込めるところですね」

子どもたちにプロの仕事を見せたい

エスコヤマにあるオブジェ

エスコヤマの敷地は、人物や動物、恐竜など、子どもが喜びそうなオブジェでいっぱいだ

小山氏には気をつけている言葉がある。それは「夢」だ。

「夢って、自分が夢を持っていることに安心していたらだめ。夢と自分が1本の綱でひっついていて、夢の重さを感じながら、1ミリでも具体的に進むことが大事なんです」

夢は細分化し、今月、今日といった小さな「目標」に置き換える。それをひとつずつクリアすれば、結果的に「夢にも近づく」と小山氏は話す。

そんな小山氏は今、どんな目標に向かっているのだろう。

「お客さまの期待や想像を超え、喜んでもらうこと。突き詰めると、それ以外はありません。

具体的に構想しているのは、子どもが製菓の生産工程を見られる工場づくり。子どもたちにはできるだけ早い時期に、プロの仕事を見て、プロに接してほしい。そういう思いから絵本をつくったり、学校にも教えに行ったりしています」

最後に、働くうえで大切なことを尋ねた。

「失敗を素直に認め、改善すること。それと、自分を喜ばせるのではなくて、人を喜ばせようとすること。これができるスタッフは伸びます。待ってくれてる誰かを思って、自分の仕事に命を吹き込んでいきたいですね」

パティシエ・ショコラティエの仕事について詳しく知るには職業ナビ!
 ▶︎「パティシエ」を詳しく見る
 ▶︎「ショコラティエ」を詳しく見る

取材後記

取材中、小山氏は何度も「子ども」と言った。

「子ども時代は、やりたいことをやって、それがまあまあ上手にできれば、驚いてもらえる。でも、大人になってから好きな事をやり通すとなると、プロとしての圧倒的な実力が要るんです」

独立後、ハイジの職人時代に培った実力に、子どもの頃と変わらない物づくりへの情熱を掛け合わせた小山氏。唯一無二のテーマパークを生み出し、ショコラは世界を魅了した。

童心は土を耕し、海を越えたのだ。だからこそ、「子ども」へのメッセージは熱く、説得力に満ちる。

「大人になったからといって、子ども心を忘れる必要なんてない」

小山氏は現在、超多忙なスケジュールにも関わらず、多ければ週に4度も学校に赴き、ものづくりや勉強の仕方を教えている。

小山進さんのご紹介

パティシエ・ショコラティエの小山氏
パティシエ・ショコラティエ/小山 進
1964年京都生まれ。1983年、大阪あべの辻調理師専門学校 卒業。スイス菓子ハイジ(神戸)に入社。2000年に独立し、(有)パティシエ エス コヤマを設立。2003年に店舗となるパティシエ エス コヤマをオープンした。

小山氏の主な受賞歴

兵庫県クリスマスケーキコンテスト県知事賞
最優秀賞

「TVチャンピオン」
ケーキ職人選手権大会「クリスマス」などで優勝

「C.C.C.」(Club des Croqueurs de Chocolat)品評会
最高位のタブレット5枚を8年連続で獲得
「Excellence chocolatier etranger」で外国人部門最優秀ショコラティエ賞を受賞

「インターナショナル・チョコレート・アワーズ」
1位(金賞)などを受賞

「第10回キッズデザイン賞」(内閣府認証NPO法人・キッズデザイン協議会主催)
未来製作所が「キッズデザイン協議会会長賞」を受賞

『三田市技能金蘭賞表彰』
三田市技能金蘭賞を受賞

『OMOTENASHI Selection 2018』」
「体験・サービス部門」で、未来製作所が「金賞」を受賞

など

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