この記事を書いたライター

さつき@HRドクター

さつき@HRドクター

フリーランスの採用コンサルタント×編集ライター×主婦の複業ワーカー。 20代前半で、同期の大量離職や超人手不足に苦しまされた体験をきっかけに、人材会社パーソルキャリアに転職。その後スタートアップで時短ママやフリーランス、外国人雇用の事業など一通り経験し、結婚を機に独立。 「1人ひとりが安心して働ける日本をつくる」ことをポリシーとして、採用人事のかかりつけ医を目指す。Twitter:https://twitter.com/satsukishigoto

2020年7月16日
フロンティアスピリッツ

アートプロモーター 赤澤岳人(OVER ALLs社代表)/ 肩書きにとらわれない「自分」という職業

インタビュー:アートプロモーター 赤澤岳人(OVER ALLs社代表)

「楽しんだって、いい」を合言葉に「楽しい国、日本」という作品の完成を目指す、株式会社OVER ALLs。 代表兼アートプロモーターの赤澤岳人氏と画家・山本勇気氏を中心に、壁画やオーダーアートの企画制作、現代アートのセレクトショップ「OVER ALLs STORE」を運営するアートカンパニーだ。

OVER ALLs代表の赤澤岳人氏は、もともと大手人材会社で営業職や、新規事業の責任者を務めていた。人材会社からまったく異業界のアート企業を興したのはなぜか、これまでにどのような逆境を乗り越えてきたのか。
赤澤氏がアートプロモーターとして実現したいことと、そのキャリアの背景に迫ってみた。

お笑いとバンドでステージに立つ“目立ちたがり”の学生時代

インタビュー:アートプロモーター 赤澤岳人(OVER ALLs社代表)1

表現することが大好きだった学生時代

アートに関する一番最初の記憶は、小学校のときに出会ったピカソのゲルニカという作品。図工の授業のときに、プロジェクターで照射された原寸大のゲルニカを見て、ガツンと衝撃を受けたと言う。しかしその後は音楽やお笑いなど、エンタメが大好きな青年に育っていく。

引越しが多い家庭で育ち、中学受験をした赤澤氏は名古屋の国立校に進学。カルチャーや生徒会が盛んな中学で、エネルギッシュな青年時代を過ごす。年2回開催される学園祭では自らステージに立ち、お笑いコントや漫才、バンドを披露する目立ちたがりの学生時代を過ごした。

「中学のときは音楽が得意で、高校に入ってからはファッションですね。ラグビー部の先輩からポールスミスの3万円するジーパンをもらってから、ファッションに目覚めてのめり込みました。アルバイトのお金はすべて服と雑誌に費やしましたね。女性もののファッション誌含めて片っ端から買いあさっていたので、本屋の人に美容師と勘違いされていたんじゃないでしょうか。」

高校生になり音楽から離れてファッションに目覚めたものの、お笑い好きは継続。お笑い番組やオールナイトニッポンをすべて録画・録音して、テープが擦り切れるほど繰り返し聴いて過ごした。

古着屋スタッフから司法試験へ? 未来が見えずもがく日々

インタビュー:アートプロモーター 赤澤岳人(OVER ALLs社代表)2

無職時代の赤澤氏。心なしか表情も虚ろ。

大学生になり、周りが就職活動をする流れに乗って、1社だけアパレル企業の選考に臨んだ赤澤氏。みんな同じようなリクルートスーツを着て就活をすることに違和感を感じ、企業の選考にデニム姿で臨んだところ見事に落選。

「ジーパンの会社の選考を受けたのに、リクルートスーツを求められる意味がわかりませんでした。あなたたちアパレル企業でしょ? この国の就職って何でこうなの? と疑問しかありませんでしたね」

その後、赤澤氏は就活に意味を見出せずに古着屋さんでアルバイトを始める。店長になりお店を任せてもらうようになる中で、50~60代のアパレル業界で成功した大人たちと交流をするようになるが、「この大人たちと同じことをしていていいのか?」と、また疑問を抱くようになる。

夜な夜な飲み歩き派手な生活を送る業界人たちと全く逆の路線で生きることを決意し、なんと法科大学院に入り直して司法試験の挑戦を始めた。やると決めたら誰よりも努力できるのが赤澤氏の強みだ。特待生として法科大学院に進学し、ひたすら司法試験にチャレンジを続けるのだが、記憶力・努力が問われる厳しい環境の中でうつ病を発症。悲しくも、引きこもり生活を送ることになってしまった。

「法科大学院には運良く特待生として入学できました。でも、実際に法律の勉強を始めてみると、座って勉強し続けることが苦手だと気付いてしまったんですよね。卒業試験として司法試験に1度チャレンジし、卒業後2回目のチャレンジをするころには気持ちが折れてしまいました。その後しばらく家の中にこもりっきりになってしまいましたね」

結果を出して這い上がりたい。29歳の社会人デビュー

インタビュー:アートプロモーター 赤澤岳人(OVER ALLs社代表)3

約1年の就職活動を経て人材会社の営業職へ

法科大学院はなんとか卒業したものの、未来が見えないストレスでうつ病になった赤澤氏は、すっかり家に引きこもってしまった。夜中にしか動く気力が起きず、深夜~翌朝まで音楽ライブや海外ドラマ、ガイアの夜明けやカンブリア宮殿などのビジネス番組、マンガなどをひたすら見漁る日々を送る。その姿を見かねた彼女(現在の妻)から「もう司法試験は向いていないから就職しなさい」ときっぱり言われ、28歳の赤澤氏は、就職活動を再開することになった。

「23歳で古着屋さんの店長をやったきり、まともに働いていません。面接に行っても『何しに来たんですか?』と追い返され、1年ほど就活を続けていました」

1年が経ち、ようやく1社内定が出たものの、まさかの内定取り消しをされてしまう。とうとう彼女が当時働いていた大手人材会社の上司に頼み込み、面接を設定してくれたそうだ。赤澤氏は、さすがに受かるわけないと思いながらも選考に臨んだ。4~5回の面接をくぐり抜けて、奇跡的に営業アルバイトとして採用してもらうことができた。

「ようやく内定が出たものの、周りからはどうせすぐ辞めるだろうと思われていました。営業で雇ってもらったのに、社用携帯やパソコンは貸与してもらえなかったんです。右も左も分からない状態で、大阪・梅田の企業に毎月150件の飛び込み営業を続けました。パソコンが無いので、報告書は全部手書きですね。お客様情報を入力するときは、チームの社員にパソコンを借りて仕事をしていました」

赤澤氏は、愚直に、真面目に飛び込み営業を続けた。それまでまともな社会人経験がなかったためあらゆることに気を張って働いていたせいか、あまりにも真面目過ぎて、ついたあだ名は“銀行員”。「ここから這い上がるしかない」という思いだけで、必死に目の前の仕事にかじりついた

当時、その会社では新規事業の草案募集が毎年行われていたのだが、パソコンがない赤澤氏は手書きで10枚ほどの草案を書いては提出を続けていた。何かひとつ、圧倒的な成果を出すしかないと必死にもがいていた。数年後、赤澤氏が提出した新規事業草案のひとつが採用され、その事業の責任者を任された。そして、ようやく時給制の契約社員から正社員に昇格することができたのだった。
 
「長いことアルバイトで働いていました。会社のパソコンをもらえたのもだいぶ後でしたからね。最初はメールに題名付けなさいと上司に言われたとき『え?タイトルに RE ってついてますやん?』と真面目に答えて怒られるようなレベルでした。でも、目の前のことを必死にこなすしかないんですよ。

普通、新規事業の草案募集をしても皆忙しいからって出さないですよね。各部署から1つは草案提出してくださいとアナウンスされている中、私は1人で10件以上提出し続けていました」

アート界のドン・キング。悪名高きプロモーターの仕事。

インタビュー:アートプロモーター 赤澤岳人(OVER ALLs社代表)4

今でも持っている「無職」の名刺を見せてくれた

司法試験での挫折、29歳での正式社会人デビュー、這い上がりの精神で新規事業責任者となった赤澤氏は、7~8年の年月を支えてもらった彼女と結婚をした。籍を入れてプライベートは一区切りをつけて、会社では人材紹介の部署への異動など次のステップの準備をしていた矢先、妻からこんなことを言われた。

「あなた、ずっと会社やりたいって言ってるけど、いつ起業するの?」

安定した会社員の夫ではなく、夢を追う経営者の夫を応援したいという彼女。独立をするのは貯金をしてからにすると伝えたものの、「あなたのは貯金じゃなくて預金でしょう。今すぐ行動しなさいよ。」と言われてしまい、赤澤氏は起業の道を歩むことになった。
このときの預金は26万円。何の仕事をするか決まらないまま会社に退職を申し出た。周りからは「今後どうするんだ?」と心配された。そこで用意した名刺の肩書は「無職」、元人材派遣のサラリーマンがこんな名刺を持つのだ。無限の職という意味を込めた名刺だった。

無職の名刺を握りながら今後どうしようかと考えていたとき、たまたま現OVER ALLs副代表でアーティストの山本氏から仕事の相談を受けた。最初は山本氏の手伝いのつもりだったが、そのまま法人化の話が進み、株式会社OVER ALLsが誕生したのだ。

山本氏とアートの会社を始めてすぐに赤澤氏が気付いたことがある。それは「アート業界は優しい人たちが多く、いまいち盛り上がっていない」ということだった。アート業界をもっと盛り上げていくためには、悪役が必要だ。それなら、自分が悪名高きプロモーターとして、この業界に一石を投じていこうじゃないかと決意した。
そうして、アート界のドン・キング、赤澤氏が誕生した。

アートプロモーターは絵を売るだけが仕事じゃない

インタビュー:アートプロモーター 赤澤岳人(OVER ALLs社代表)5

会社設立時の記念写真

オフィスアート制作は、赤澤氏のアートプロモーターとしての代表的な仕事のひとつである。依頼があった企業に訪問し「アートで何を描いてほしいか?」と問いを投げかける。すると、ほとんどの社員が“企業理念をアートにしてほしい”と答えるそうだ。

社員が集まり、そもそも企業理念って何だったっけと意見を交わす。始めのうちは企業理念を覚えていないような社員も多く、パラパラと意見が集まる程度のことも多い。その後まとめてもらった企業理念にもとづきラフ(下書き)を提出すると、それを見て「競合他社と比べてうちは〇〇が強みだから、〇〇をアートで表せないか」「自分たちの経営理念を通してやりたい仕事って〇〇だよね?」と、どんどん社員の議論が活発になっていく。

出来上がったアートはオフィスのエントランスに飾られて、来客者が来るたびに社員は企業理念を語るのだ。アートを通して、自社の企業理念に理解が深まり、会社に誇りを感じるようになる。ただの壁が、働く人の誇りや未来につながる語り部となるのだ。

経営理念は「楽しんだって、いい」だけど、私は1度も楽しいと思っていない

インタビュー:アートプロモーター 赤澤岳人(OVER ALLs社代表)6

『僕はキャリアを考えるとき肩書きに縛られたくないんですよ』

アートで日本を楽しくする会社として、着実にアート市場を広げてきた赤澤氏に、仕事は楽しいですかと尋ねてみた。すると意外な答えが返ってきた。

「仕事ですか? 楽しくないです。辛いです。大変です。けれど、アートプロモーターの仕事には誇りを持っています。志を持って、やっています。僕よりこの仕事ができる人はいないと思っています。」

赤澤氏は続けてOVER ALLs社の企業理念、『楽しんだって、いい』の背景について語ってくれた。

「日本は、空気を読もうとか、好き嫌いを言うなよとか、楽しめない国だと思っています。中学生のとき、髪色をちょっと奇抜にしたり、おしゃれを楽しもうとしたけれど『もっと中学生らしくしなさい』と怒られました。
アートの世界には、“正しい”とか“~らしい”という概念がないんですよ。あの有名なモナリザの絵に対して、『モナリザは正しいですか?』と聞かれても、モナリザの絵が正しいかどうかは誰もわかりません。アートを広げることで日本の空気感を打ち破り、『あなたが好きならええじゃない』という空気を作りたい。だから企業理念は『楽しんだって、いい』にしました。」

赤澤氏によると、「楽しめ」と強制してしまうと、「楽しむこと=正しい」になってしまうとのことだ。

「楽しんだって、いい」くらいが丁度いいと言う。

3つの取り組みから、アートで日本を「楽しんだって、いい」国へ

インタビュー:アートプロモーター 赤澤岳人(OVER ALLs社代表)7

僕以上にOVER ALLsのことが好きなメンバーと、『楽しんだって、いい』を広めたい

アート業界のドン・キング、悪名高きアートプロモーターの赤澤氏は、アートを手段として、日本を「楽しんだっていい」国にしていく予定だ。今後、3つの取り組みからアート業界を変えていきたいと語ってくれた。

「まず、オフィスアートを通して職場を変えていきます。アートを通じて、社員が企業理念を語り、彼らが働くことに誇りを持てるようにしたい」

「ふたつめに、アートで学校教育を変えます。図工や美術は“正しいもの”を教えるだけでは意味がないと思っているからです。正しい、正しくないの基準ではないアート教育を実現したいと考えています。」

「そしてみっつめ。僕たちは、壁画だらけの街を作りたいと考えています。アメリカのとあるスラム街で、20~30個の壁画を描いたところ、街が大きく変化したというエピソードがあります。最初は荒れた街だったのですが、壁画を増やしていったところ、タコス屋さんができて、ホテルが建ち、あの有名な緑のロゴのコーヒーチェーン店ができて、街が生まれ変わったそうです。アートを入れただけで、街の治安が良くなり、そのエリアの賃料がぐっと上がった(価値が高まった)んですね。こんな風に、アートは街を変える力があります。僕たちは、アートを通して日本を変えていきたいんです。」

アートプロモーターとは、アーティストが作った絵をいつどのような場所で発表し、世の中に届けていくか調整していく仕事だ。また、アートを披露できる場所を探し、とってくる営業的な側面もある。アートを仕掛け、アートを通して語り、気に入ったアートがあればOVER ALLsのストアで買ってもらうこともできる。

赤澤氏は今後、アート事業にかける思いと『楽しんだって、いい』というメッセージをYoutubeでも発信していくつもりだ。そして今日も、街のどこかをアートで彩っていく。

アートプロモーターの仕事について詳しく知るには職業ナビ!
▶︎「アートプロモーターの仕事」を詳しく見る

取材後記

派手な見た目、個性的な発言、アートプロモーターはもっとくだけた職業だと思っていた。しかし取材を通して見えてきたのは、何事にも猪突猛進で愚直にやり切る、真の赤澤氏の姿だった。「仕事は楽しくない、だけど使命感を持ってやっている」と答えた彼の台詞が、強く耳にやきついている。就活への迷い、うつ病から這い上がった赤澤氏からのメッセージを、日本中の仕事に悩む人たちに伝えたい。
『自分のキャリアに迷いがあるなら、目の前のことを5倍・100倍返しするつもりでやればいい。そうすれば必ず人生は開けます』

赤澤さんからのビデオメッセージ


@ジョイキャリア インタビューチャンネル

赤澤岳人さんのご紹介

インタビュー:アートプロモーター 赤澤岳人(OVER ALLs社代表)8

赤澤岳人/アートプロモーター
株式会社OVER ALLs 代表取締役社長
大手人材派遣会社の営業職を経験後、新規事業責任者として事業承継をテーマとした社内ベンチャーを設立。
退職後の2016年9月、アーティストの山本勇気とともに株式会社OVER ALLsを設立。主に企画・プロデュースを担当。

この記事を読んだあなたにおすすめの記事

この記事を書いたライター
さつき@HRドクター

さつき@HRドクター

フリーランスの採用コンサルタント×編集ライター×主婦の複業ワーカー。 20代前半で、同期の大量離職や超人手不足に苦しまされた体験をきっかけに、人材会社パーソルキャリアに転職。その後スタートアップで時短ママやフリーランス、外国人雇用の事業など一通り経験し、結婚を機に独立。 「1人ひとりが安心して働ける日本をつくる」ことをポリシーとして、採用人事のかかりつけ医を目指す。Twitter:https://twitter.com/satsukishigoto

TOPへ戻る