この記事を書いたライター

長井杏奈

長井杏奈

生きるために食べるというより、食べるために生きている節があるフリーライター。好きが高じてグルメ系の記事を書くようになる。他には、ウェディング、トレンド、人事・採用系がメインジャンル。ライターの傍ら、司会・MC業も務めるパラレルワーカー。趣味は、一人旅に出ること、小説を読んだり書いたりすること、飲み会の幹事をすること。

2020年7月23日
ウーマンリンク

気象予報士 多胡安那(ウェザーマップ社所属)/心を「晴れ」に、一途に追いかけた天気の道

気象予報士 多胡安那(ウェザーマップ社所属)

日本晴れのような笑顔が印象的な気象予報士・多胡安那(たご・あんな)さん。社会で活躍する女性にフォーカスするウーマンリンクシリーズでは今回、彼女に注目。人生で3度の大きな転機を経験した多胡さんが、天気の仕事に興味を持ったきっかけや、ウェザーマップに所属するまでの経緯など、彼女の人生の“空模様”について伺った。

英語漬けの日々からマスコミの仕事を目指した学生時代

お天気コーナーで彼女を目にしたことがある人は、多胡さんの温かな人柄をテレビ越しに感じただろう。そのイメージからは意外かもしれないが、彼女の出身は雨の街・ロンドンだ。3歳までナースリー(保育園施設)で過ごし、帰国してからも家族と頻繁に訪れたという。

「父が駐在していた関係で、イギリスに住んでいました。当時は同級生や大人の外国人と英語で話すのがあたりまえの生活でした」

海外生活の経験をいかし、大学でも英語英文学を専攻。将来は英語を使う仕事で活躍したいと考えていた。

「大学に入ったころは、銀行や外資系企業がいいなと思っていました。ほかの科目に比べて英語は得意な方だったし、それをいかしたいと思ったんです」

多胡安那さん(学生時代)

天気の話題は「人との会話の最大公約数」だから取り掛かりやすい。

当時はまだ、気象予報士になるとはみじんも考えていなかった。そんな彼女の人生に、一度目の転機が訪れる。ニュースキャスターの安藤裕子さんとの出会いだ。高校時代に学校で開かれた講演で初めて話を聞いた数年後、聖心女子大学の講演で再び安藤キャスターの話を聴く機会に恵まれた。

この体験から、そこで初めてマスコミという業界に興味を持った。自分で取材をして、カメラを回し、視聴者に情報を伝える安藤キャスターの姿勢に惹かれ、「マスコミ業界で働く」と決めた。

超人気企業の内定を蹴ってまであこがれたマスコミの世界

ほかの業界より先んじて始まるマスコミの就職活動に身を投じた多胡さんは、持ち前の英語力をいかして各テレビ局が課す試験を、一次、二次、三次と順調に突破した。約2万人が1、2名の枠を争う熾烈な戦いのなか、残り30人まで残ったのだ。

しかし、惜しくも最後の一枠にたどり着くことはなかった。安藤キャスターと同じ道を歩む可能性は、絶たれてしまったのである。

「試験に落ちてしまったのは、キャスターが狭き門だからダメだったのか、それともそもそも私が社会人としてダメだったのかを知りたいと思いました。もし後者なら、自分を叩き直さなきゃいけないなと」

多胡安那さん(オンライン取材風景)

取材は多胡さんの職場からリモートで行った。

立ち止まることなくほかの業界で就職活動を続けた多胡さんは、民間企業のなかでもトップクラスの人気を誇っていた大手銀行の試験を受けた。結果、筆記試験や面接試験をクリアし、最終面接を受ける前に内々定が出された。

高倍率の戦いで「最終面接前の合格」という圧倒的な結果を残した多胡さんは、自信を取り戻した。 しかし、いざ内定者として理念や業務内容を聞いているうちに「自分の一番やりたいことは、ここで働くことではない」という思いが強まっていった。

「ホテルで開かれた内定者懇談会で、やっぱりやめようと思って。親にも連絡したのですが、二つ返事でいいよと言ってもらえました」

採用担当者に正直に気持ちを伝え、内定を辞退。しかし就職活動の期間は終了しており、あてがないまま大学卒業を迎えた。

行動力でもぎとったマスコミ業界への切符

気象予報士・多胡安那さん(仕事風景1)

「銀行勤めの父からしても、これが私のやりたいことではないだろうと思っていた」そうだ。

同級生が新社会人として第一歩を踏みだすなか、彼女はマスコミで働くために何が必要なのかを考える時間にしようと決めた。そこで家業を手伝いながら、業界研究や勉強をする日々を過ごす。

そんなある日、自室にあった雑誌を何気なく開くと、民間気象情報会社・ウェザーニュースの採用チラシが出てきた。

「大学時代にマスコミ業界を目指すなかで、気象予報士の勉強もしていました。試験も受けていたのですが、その会場でいただいたチラシがたまたま雑誌に挟まっていたんです。もちろん締め切りはとっくに終わっていたのですが、とりあえず履歴書を書いて送ってみようと思ったんです」

締め切りが過ぎていれば諦める人がほとんどであろうが、彼女は持ち前の行動力で履歴書を送った。すると「面接をしたいから会社に来るように」と、声がかかったのだ。

限られた準備期間で多胡さんが行ったのは、ウェザーニュース代表の書いた本を読み込むこと。面接当日はその感想を熱く伝え、見事採用を勝ち取った。バイタリティと行動力でもぎとった、マスコミ業界への第一歩だった。

偶然が切り開いた天気キャスター、気象予報士への道

早速入社し、キャスターが読む天気予報の原稿を書く仕事が始まった。毎日60枚もの原稿を作る日々は決して楽ではなかったが、憧れの業界で仕事を得たからにはと手を抜かずに懸命に向き合った。とはいえ、ハードさは想像以上。なかなか慣れることができず、退職を願い出るしかないところまで追い詰められてしまう。

上司に辞めたいと告げた日、別の上司に声をかけられた。これが多胡さんの運命を大きく変える2度目の転機となる。

「大阪の読売テレビに見学に来ればと声をかけていただいたんです。現場を間近で見られるこということで、喜んで行かせていただきました」

見学当日、あるプロデューサーが多胡さんの上司に一言、「この子がいい」と告げた。

気象予報士・多胡安那さん(仕事風景2)

多くの人間を見てきたプロデューサーに、初対面で「いい」と思われる魅力を持っていた。

実は多胡さんを見学に誘った上司は、そのプロデューサーがキャスターを探していることを知っていた。そこで「いい子がいる」と申し出たうえで連れて行ったのである。まさかそうした事実が裏にあるとは知らず自然体で見学を楽しむ多胡さん。その姿を見たプロデューサーが、彼女を気に入ったのだった。

「そこから一年間、『ズームイン!!SUPER』でキャスターとしてお天気を伝える仕事をしました」

番組卒業後も『ミヤネ屋』で気象情報に関する原稿を作るなど、天気に携わる仕事を続けた。そして読売テレビでの実績を積んだあと、彼女は日本テレビの門戸を叩く。新卒ではないため正社員での就職は考えていなかったが、日本テレビに人材を派遣している会社に行くと、思ってもみない提案をされた。

「当時は人材が足りているから、天気の仕事はないと言われました。代わりに『営業部なら空いている』という提案をいただき、私が迷っていると『あなたなら大丈夫よ』と言ってくれて。それで、日本テレビの関連会社で新しい仕事を始めることにしたんです」

気象予報士・多胡安那さん(仕事風景3)

営業部への打診は、そのまま手放すには惜しい人材だと判断されてのことだろう。

一切の迷いがなかったと言ったら、嘘になる。しかし多胡さんは、営業部として働くことを決めた。畑違いの業務ではあったが、テレビ局で働けること自体が幸せだった。また、読売テレビでは出演者として活躍していたため、それ以外の立場からもテレビ局を見てみたいと思ったのだ。

営業部はテレビ局でもいわゆる花形部署だ。多胡さんは2年半の間、CMのマネジメント業務に励んだが、一方で天気の仕事への情熱を忘れることはなかった。営業部の仕事と並行して気象予報士試験の勉強を続け、見事合格したのである。

プレッシャーからの挫折、諦めなかった天気の仕事

人生3度目の転機は、突然やってきた。ある日、局のエレベーターで気象予報会社であるウェザーマップの社員と一緒になった。その人は『ズームイン!!SUPER』を観て彼女のことを知っていたため会話が弾んだ。

短い時間だったが、現在は営業部で働いていること、そして天気の仕事への情熱をまだ持っていることを話した。そこではとくに進展もないまま会話が終わったが、数日後に電話がかかってきた。テレビ東京でキャスターとして天気を伝える仕事があるが、興味はないかという話だった。

「私は以前、ウェザーマップが主催している気象予報士試験のための講座に通っていて、そこに私のデータがあったようでした。さらに読売テレビ時代の出演の様子もわかっていたこともあり、今回のお仕事につながったのだと思います」

やっと、天気の仕事に戻れる。彼女はすぐに引き受けた。それからはテレビ東京でニュース番組に出演して天気を伝えるかたわら、東京MXテレビの気象情報の原稿作成などの業務にも携わった。

気象予報士・多胡安那さん(仕事風景4)

正確性を大切にする彼女は、誰よりもクオリティにこだわった。

しかし、ニュース番組に出演することに対して必要以上にプレッシャーを強く感じてしまった多胡さんは、あるとき突然声が出なくなってしまう。視聴者に正確に伝えたいという思いと、多大な期待に応えきれていないという狭間で、少しずつ歯車がかみ合わなくなってしまったのだ。

一年半経ったとき、自ら出演の仕事を辞退したいと申し出た。しかし、天気の仕事が嫌いになったわけではない。多胡さんは、サポート業務に徹底することにした。出演者となるキャスターのために気象情報の原稿を書いたりと出演以外の仕事を続けたのだ。

プレッシャーから解放され声も少しずつ戻ってきたころ、TBSテレビ『あさチャン』の立ち上げメンバーに誘われ、サポートする側として参加することに。その仕事ぶりが評価され、翌年『はやドキ!』のキャスターに抜擢された。

「少し前からCS放送の番組で少しずつ出演者として仕事をしていたこともあって、『はやドキ!』が始まったころからは声を出すことも怖くなくなりました」

人生で3度の転機を迎え、「天気」を仕事にできた多胡さん。就活でうまくいかない、声が出なくなるといった挫折経験もあったが、いまではそのすべてを糧にしてさまざまなシーンで活躍している。

日常での経験すべてを天気とつなげる生活

多様な現場で活躍する多胡さんの仕事ぶりについて、その一部を紹介したい。一般的に気象予報士というと「お天気お姉さん」のイメージからか、カメラの前で天気を伝える様子を思い浮かべる人がほとんどだろう。しかしそれ以外にも、多くの仕事がある。

たとえば自身が出演しなくても、キャスターが天気を伝えるための原稿を作成する。また、多胡さんはコラムの連載も持っている。『Yahoo!天気・災害』で熱中症の予防法や対策などについて解説する「熱中症コラム」を書いているのだ。また、横浜が好きという気持ちが高じて、横浜で配布されるフリーペーパーでも執筆している。

ほかには、企業向けに天気予報を配信するという仕事もある。農業やスポーツといった天気が事業に密接に関わる業界に向けて予報を出すのだ。

気象予報士・多胡安那さん(仕事風景5)

音楽番組のMCという、気象予報士としては、相当珍しい仕事についても伺った。

さらに彼女には、ほかの気象予報士が経験しないであろうとある仕事の実績がある。それが、ラジオの音楽番組のMCだ。

「数年前に台風19号が関東に直撃して大変な天気だった日、ある音楽番組のレギュラーMCの方が出演できなくなったんです。代打を探していたものの状況的に番組内で音楽だけでなく天気についても話さなくてはならないだろうということに。そこで私の出演が決まったんです」

多胡さんはその日、深夜0時~2時までメインMCを見事にやりきった。

いまやあちこちの現場で活躍する彼女だが、プライベートでも常に天気のことを考えているという。

「天気はいろいろなこととリンクしています。天気で健康が左右されたり、人との会話の共通項になったり、誰しも天気と何らかの関わりがあるものです。だから、日常のすべてが天気予報のヒントなんです」

天気のことをいつも考える以外にも、気をつけていることがある。それは、好奇心を保つことだ。何か興味を持ったことがあれば、自分の好奇心に逆らわず調べるようにしている。

「好奇心がなくなると、感情がフラットになってしまいます。でこぼこがないといいアイデアも引っかからずに流れてしまうので、プライベートでも好奇心を刺激するようにしています」

気象予報士・多胡安那さん(仕事風景6)

何か惹かれるものを探すため、休日もなるべく外出するように心掛けている。

多胡さんに女性としての働き方についても聞いた。

「気象キャスターと気象予報士、どちらの側面で見るかによって変わります。キャスターとしては“お天気お姉さん”という言葉もあるくらいなので、女性のイメージが強く、有利になることもあります。一方、後者の場合はそうでもありません」

たとえば台風で土砂災害が懸念されている状況下でより貫禄のある雰囲気で避難を促したい場合、女性よりも男性のほうが現場に呼ばれる機会が多いことも事実だ。

仕事のモチベーションは自分のトリセツでセルフコントロール

毎日複数の現場を渡り歩きながら、多胡さんは仕事を楽しんでいるという。

「たしかに仕事というのは、職業にかかわらず嫌なことも多いと思います。でも、世の中の物事には必ずいい面と悪い面があるはず。だから何があっても、いい面を見て嫌な面を薄めるようにしています。なくなりはしませんが、薄めることはできます

とてもポジティブで力強い言葉だが、実は根はネガティブな性格。大きな仕事を任されると、夢に見るほど考え込んでしまう。以前はそれでもいいと思っていたが、仕事のパフォーマンスにまで影響を及ぼしてしまうため考えを改めたという。

失敗しても、マイナス思考にならない。ほかの仕事でいかせる可能性があると捉えるようにした。さらに自分の“トリセツ“も作った。

「これをすれば元気になるというパターンをいくつも作っておけば、一つひとつ試していくなかでポジティブになれる瞬間があります。パターンの数は多い方がいいですね」

気象予報士・多胡安那さん(仕事風景6)

トリセツには「オンエアは裸足で」など、自分なりのゲン担ぎも多々ある。

多胡さんのトリセツには、「カロリーを気にせず好きなものを食べる」から「ネイルサロンに行って弱音を吐いて、最後にきれいになった爪を見る」といったものまで、いくつもの項目がある。いわば、自分の心を”晴れ”にするためのリストだ。

仕事でミスをしたり、つらい状況にあっても乗り越えられるのは、トリセツのおかげだけではない。多胡さんが、将来のキャリアをしっかり見据えているからでもあるだろう。学生時代の就活や声が出なくなった時期をはじめ、さまざまな挫折を乗り越えたからこそ、自身の未来を冷静に見つめることができるのだ。

「少し前までは女性で気象予報士の資格を持っている人があまりおらず、少し努力すればテレビでの仕事もありました。でも、いまはタレントさんが参入したりと椅子取りゲーム状態です」

キャスターだけでやっていくのは厳しい状況だが、多胡さんはそもそもそれだけをやりたいとは思っていない。天気を武器に活躍できるフィールドを増やしていこうと考えている。実際に、小型船舶免許1級やフードコーディネーターなどの資格を取得し、仕事の幅を広げている。

気象予報士・多胡安那さん(仕事風景7)

日によってスケジュールは異なり、同じ毎日を繰り返すことはない。

仕事の枠にとらわれない多胡さんが目指すところは誰かの意思決定に関わることだ。「多胡さんが雨って言ってたから、傘を持っていこう」「多胡さんが避難してと言ってたから、念のため逃げよう」と自分が発した情報が誰かのためになることが喜びになる。

困難を乗り越え自分のやりたい仕事に打ち込める環境を作り続ける彼女に、キャリアに悩む方へのメッセージをいただいた。

努力に即効性はないと思います。でも、常に前進していけば途中で辛いことがあっても頑張れるはず。落ち込んだ日があっても、立ち直りさえすればまた頑張れます。いつでもポジティブな気持ちを取り戻せるように、トリセツを作っておくのはおすすめです」

自身の仕事やキャリア、モチベーションをハイレベルにマネジメントしている多胡さん。彼女は決して、雲ひとつない人生を悠々と歩んできたわけではない。雨の日も風の日も、いつか陽が射すと信じてコツコツ努力をしてきたのだ。今後、たとえ台風や土砂降りが待ち受けていようとも、きっと最後には晴れ模様を迎えるだろう。

気象予報士の仕事について詳しく知るには職業ナビ!
▶︎「気象予報士の仕事」を詳しく見る

多胡安那さんの取材後記

連日いくつもの仕事が入っている多胡さんのスケジュールは、日によってバラバラだ。取材日にはなんと、午前2時から稼働していたとのこと。そんな疲れを一切見せないのは、出役として人前に出るプロフェッショナルなのだと感じた。これまで大きな転機を経て天気の仕事を続けてきた多胡さんだからこそ、これからも大勢の人が頼りにしていくのだろう。

多胡安那さんからのビデオメッセージ


@ジョイキャリア インタビューチャンネル

多胡安那さんの紹介

気象予報士・多胡安那さん

多胡安那/気象予報士
6月15日生まれ、ロンドン出身。湘南白百合学園高等学校、聖心女子大学文学部外国語外国文学科卒業。株式会社ウェザーマップ所属。過去には『ズームイン!!SUPER』『TXNニュース』『はやドキ!』などに出演。現在は、『TBS NEWS』『Yahoo!天気動画』『Nスタえひめ』などに出演。趣味は乗馬、ゴルフ、朝カフェ、カメラ、貝拾い、読書。特技は早起き。

この記事を読んだあなたにおすすめの記事

この記事を書いたライター
長井杏奈

長井杏奈

生きるために食べるというより、食べるために生きている節があるフリーライター。好きが高じてグルメ系の記事を書くようになる。他には、ウェディング、トレンド、人事・採用系がメインジャンル。ライターの傍ら、司会・MC業も務めるパラレルワーカー。趣味は、一人旅に出ること、小説を読んだり書いたりすること、飲み会の幹事をすること。

TOPへ戻る