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野下わかな

野下わかな

大学卒業後、女性向け月刊誌の編集者として勤務。その後、ママ向けWEBメディアのディレクターとして、動画コンテンツ制作や、記事サイトの立ち上げを担当。現在は、フリーランスの編集者・ライターとして活動。キャリアや生き方にまつわるインタビュー記事が大好物。心理学やコーチング資格についても勉強中。

2021年6月3日
フロンティアスピリッツ

おもちゃクリエーター 高橋晋平(株式会社ウサギ代表)/人生に笑いをもたらすプロダクトを追い求めて

インタビュー・おもちゃクリエーター高橋晋平氏(株式会社ウサギ代表)

おもちゃやゲームをはじめ数々のユニークなプロダクトを世に送り出してきた、おもちゃクリエーター・高橋晋平氏。手掛けた大ヒット商品「∞(むげん)プチプチ」は、国内外で累計335万個売れ、多くの人々の心を掴んだ。誰も思いつかない新感覚商品を生み出すアイデアの発想法は複数書籍化され、「TEDxTokyo」でのスピーチにも世界中から注目が集まった。そんな高橋氏のおもちゃづくりに、深く根ざしているものとは? 枯渇することのないものづくりへの情熱とアイデアはどこから生まれているのか伺った。

“笑い”に取り憑かれた学生時代

おもちゃクリエーター高橋晋平氏_取材風景1

オンラインで、笑いを交えながら和やかに取材に応えてくれた高橋氏

「おもちゃクリエーター」という肩書きを持つ高橋氏だが、子どもの頃は周囲と比べて特別おもちゃが好きだったわけではないと語る。

地元・秋田県で過ごした小学生時代は、人見知りで内向的。周りの子どもたちが野球部に入って練習に勤しむなか、心臓の持病があったためにいつも一人で遊んでいた。

「もちろんプラモデルやミニ四駆には夢中になりました。でもそれ以外にも、自分で壁新聞を作ることにはまったり、父が持っていたプログラミングの本を勝手に漁ってゲームを作ったり。おもちゃがすごく好きというより、何かを作って表現したいという、アウトプット欲求が強い子どもだったのだと思います」

しかし、厳しかった両親に自作の工作や漫画を見せても、返ってくるのはダメ出しばかり。自分の内にこもりながらも、何かを表現したいという気持ちがいつもぐるぐる渦巻いている。そんな鬱屈した状態が高校生まで続いた。

長らく表現の場を見つけられずにいた高橋氏が、大学で出合ったのが“お笑い” だった。高校を卒業後、宮城県仙台市の大学に進学し、工学部でプログラミングやロボット技術といったものづくりを学んだ。そしてサークル活動として選んだのが、落語研究会だった。自ら「暗かった」と振り返る高橋氏が、突如お笑いの門を叩いた理由とは?

「もともと小学生の頃からウッチャンナンチャンが大好きで、テレビでずっと観ていたんです。高校生のときは、『ボキャブラ天国』という番組が流行っていて、爆笑問題やネプチューンがすごくおもしろくて。お笑いって格好いいなと思っていました。その後『爆笑オンエアバトル』の番組が始まり、一番はまったのがラーメンズ(2020年に活動休止)というコンビ。彼らのコントを観てめちゃくちゃ憧れましたね。

それまで芸人さんって、みんな陽気なイメージで。自分とは真逆の人たちだから、同じことなんてできるはずないと思っていたんです。ところがラーメンズのコントは、明るく振る舞うわけでもなくシュール。知性が感じられるところにも、すごく心を掴まれて。僕もいつかこんなことをしてみたいと思っていました」

そんな思いを持ち続け、大学で唯一のお笑いサークルだった落語研究会の募集を見つけた。地元を離れていたため、幸運にも自分の過去を知る人は誰もいない。すべてをリセットして、いざ大学デビューを決めた。

「意気込んで入会したものの、最初の2年間は全然ウケなかったですね……。人を笑わせたことなんてないわけですから、もう震えちゃってるんです、舞台の上で。だから、3年目に初めてお客さんに笑ってもらえたときの喜びといったらなかったです。それがあまりにも感動して、嬉しくて楽しくて。人を笑わせること、おかしみのあることを、一生やっていきたい。そんなふうに強く思いました」

これまで内に秘めていたアウトプット欲求が一気に外に放出され、笑いの持つ力に魅了されていった。

一点突破の就職活動

おもちゃクリエーター高橋晋平氏インタビューイメージ画像1

人生を通して何を実現したいのか考え抜いた就活。このときから仕事をするうえでの軸は今も変わらない

大学を卒業後、工学部の研究を続けるため大学院に進学。6年間ものづくりに携わることを学んだため、将来は漠然とメーカーに就職するつもりでいた。

「就職活動の前に、大きな電機メーカーでインターンシップをさせてもらったんです。でも、それがどうもおもしろくなかった。リクルーターの方の話を聞いても全然ピンとこなくて。そこで体験した仕事を一生やっていくことが、まったく想像できなかったんです。やっぱり人を笑わせることがしたい。そんな自分の思いに気づきました」

就活サイトで “人を笑わせる仕事” を探してみたところ、おもちゃメーカーという選択肢にたまたま辿り着いた。大学時代におもちゃで遊んだことも、買ったこともなかったけれど、おもちゃこそ人を笑わせるプロダクトではないかという確信がわいた。“ものづくりと” と “笑い” を掛け合わせた先に、おもちゃづくりがあったのだ。

いよいよ就職活動本番。採用試験を受けたのは、なんと大手玩具メーカーのバンダイ一社だけだったと言う。

「今思うと無謀としか言いようがないんですが(笑)。もうおもちゃを作る仕事に就くんだと信じきっているから、それ以外の選択肢は何も考えられなくて。ほかの玩具メーカーにもあたりはつけていたんですが、一番最初にエントリーシートが始まったのがバンダイだったんです。人気企業だったので、エントリーシートの通過だけでも大きな関門。超絶に時間をかけて考えて書きましたね。僕、字がものすごく下手なんですが、一文字一文字めちゃくちゃ丁寧に書いてやっと提出しました」

決して、おもちゃのことを入念に研究して臨んだわけではなかった。おもちゃが好きというより、おもちゃを通して人を笑わせたい。そんな熱い想いをエントリーシートに込めた結果、無事に選考通過の連絡が来た。

「落語研究会での体験から、誰かに笑ってもらえたときの喜びに取り憑かれていたんです。人生をかけて人を笑わせたい、そしてそれをおもちゃを通して叶えたい。その情熱だけで、その後の面接も押し切りましたね。

キャラクターのおもちゃが主流の会社なので、それが好きな学生たちが集まるなか、一人だけ訳のわからない奴だったと思います。独特な間でボソボソ喋っていたので、面接官にも『君、人を笑わせたいとかずっと言っているけど、見た感じ全然お笑い感ないよね』と言われましたし(笑)。でもそれが返って印象に残ったのかもしれません」

企画書がボツ続きの若手社員時代

おもちゃクリエーター高橋晋平氏インタビューイメージ画像2

「入社1年目は千個くらい企画を出して、全部ボツになっていましたね」と高橋氏

念願の会社に就職した高橋さんは、キャラクターを用いないバラエティ玩具の部門に所属することに。商品の企画からPR、マーケティングまで一連の流れをすべて自分で担当することになった。

「人を笑わせるという大義のもと、最初はやる気満々だったので、『企画書を見てください』と上司に出すんです。でも、会議室でウケればいいくらいに思っていたので、内容がめちゃくちゃで。ボケ要素満載の企画書を作り続けて、こっぴどく叱られていました。

入社2年目になると、同期入社した社員たちは次々とキャラクターグッズを商品化して売り上げを作って活躍していた。なかなか商品企画を通せないなか、あるおもちゃとの出合いがあった。当時アメリカで200万個以上売れてヒットしていた「20Q(トゥウェンティーキュー)」。それを輸入して日本版として発売する仕事を、所属部署で担当することになったのだ。

「20Q」は、人工知能が搭載されているおもちゃ。プレイヤーがある物を思い浮かべて、20個の質問に「はい」「いいえ」で答えていくと、思い浮かべた物が何だったのかおもちゃが当てるというもの。

「僕はちょうどそれを玩具屋さんで実演販売したんですが、2千円ほどするおもちゃが、目の前でガンガン売れていくんです。お客さんたちが『すごい! 本当に当たる!』と、興奮しながら買っていく姿を見て衝撃を受けました。今まで自分がいかに間違っていたのか、思い知ったんです。

それまで企画も全然通らなくて、『もうおもちゃ業界は衰退産業だから』とか言い出すアホな若手だったんです(笑)。企画書で身内を笑わせて満足して、実際にそれを商品化したら自分が買うかと聞かれたら買わないという、とんでもない考えをしていました。

そうではなくて、誰かがお金を払ってでも欲しいと思うもの、喜ぶものを作らなければ意味がないんだと20Qを見てようやく理解できたんです。同時にこんなにヒットするおもちゃを作り上げた、会ったことのないアメリカの開発者に対する嫉妬心のようなものも芽生えました」

これをきっかけに入社3年目には「Human Player」という性格診断の要素を組み合わせた商品を開発したところ、売れ行きは好調に。そして入社4年目に、第1回おもちゃ大賞を受賞した大ヒット商品「∞(むげん)プチプチ」の商品化に至る。

自身最大のヒット商品との出合い

おもちゃクリエーター高橋晋平氏インタビューイメージ画像3

なぜか無性にプチプチ押し続けてしまう中毒性が話題となった商品

2008年に発売された「∞プチプチ」は、いわゆる ”プチプチ” と呼ばれている気泡緩衝剤を再現したストラップ型のおもちゃ。目の前にあると否応なく丸い突起をプチプチ押したくなる、多くの人がはまったあのおもちゃだ。ヒット商品の誕生までにはどんな背景があったのだろうか。

当時高橋氏はゲーム玩具の担当で、ボードゲームを主力として扱っていた。一方、時代は任天堂のゲーム機・DSシリーズが全盛期。ボードゲームの売れ行きは落ちていた。さらに追い討ちをかけたのは、携帯電話のストラップの流行だ。いつしかゲーム玩具の売り場は、何百種類ものストラップがずらりと並ぶ空間に様変わりしていた。

「企画会議が明日に迫っていた日のことです。ゲーム玩具が売れないなら、もういっそおもしろいストラップを作ってやろうと、なかば自棄くそになって夜遅くに会社をうろついていました。そうしたらロール状になった商品発送用のプチプチが会社の隅に置いてあるのを見つけて。夜にそれを見ると、なんとなく丸い突起がボタンに見えてきたんです。これはボタンをプチプチに見立ててストラップにすれば、みんながつい触りたくなるんじゃないか。そう思って、急いで企画書を作って翌日の会議で提案しました」

部署の上司からはゲームの要素がないという理由で一度は却下されたが、今まで嫌というほどボツを経験してきた高橋氏はへこたれなかった。これは絶対に触りたくなる、人の本能に訴えるものがある。それを論理立てて根気強くプレゼンしたところ、企画が通り発売にこぎつけた。その結果、なんと国内外累計355万個もの商品が売れたのだ。

「たまたま発売当日に、20Qの実演販売をした店舗に立ったんです。そうしたら、20Qのときの10倍売れて。ダメだった人間が出直して真剣に作った商品が、自分の考えた通りに目の前でどんどん売れていくんです。もう嬉しくて嬉しくて、放心状態になりました

人がお金を払って体験したくなる価値あるものを作る。そんなおもちゃづくりの本質を改めて実感した高橋氏。その後もさまざまな商品を手掛けた後、ガシャポンを扱うカプセル玩具部門で2年間経験を積んだ。そして入社から10年が経った頃、会社から独立して起業した。

心底おもしろいと思うものを届けるために独立

おもちゃクリエーター高橋晋平氏インタビューイメージ画像4

立ち上げた会社、ウサギの経営理念は「健康第一」!「優しく、笑って、遊びながら」仕事をするのがモットー

大企業を離れ、34歳で自らの会社となる「ウサギ」を立ち上げたきっかけは何だったのか? そこには大きく2つの理由があったと語る。

「きっかけの一つは、会社員時代に倒れて1年半も闘病生活を送ったことでした。その後結婚して子どもが産まれたのですが、当時仕事が忙しくてまた体調が悪くなる兆しがありました。それでもう2回目はだめだと。絶対に体を壊しちゃいけないという思いが強くあったんです。

組織に所属していると、自分が決められないこと、やらなきゃいけないことはあって当然なんですけど。こう見えて生真面目なので、どうしてもがんばっちゃうし、期待に応えようとしてしまう。この先歳を取るなかで、どうしたらメンタルも体も弱い僕のような “最弱のビジネスパーソン” が、健やかに楽しく生きていけるのか、それを本気で考えないといけないと思いました」

もう一つ何より大きな理由となったのは、本当に自分がやりたいことを実現していきたいという思いが強くなったことだった。

「大きな企業はチャレンジできる環境が与えられ、本当に恵まれています。一方で、大きな規模のビジネスでないと意味がないので、常に大ヒットしてたくさん売れることを目指さないといけないわけです。となると、ニッチな領域で少ない人にすごく喜ばれるような商品は作れないんですね。

でも万人のヒットを狙うよりも、自分が心底おもしろいと確信するものを本当に共感してくれる人に届けることの方が、僕にとっては価値が高い。10年間いろいろな商品を企画するなかで、その思いが強くなっていきました」

そうして立ち上げた会社で高橋氏は現在、「おもちゃクリエーター」として、おもちゃやゲーム、アイデア雑貨などを企画して売るまでを行っている。またそのほかにも、アイデアの発想にまつわる執筆や講演、クイズ制作など、世の中のことを楽しく遊び化するあらゆる活動を生業にしている。

「仕事の割合としては、企業や個人から商品づくりの相談を受けてお手伝いすることが多いですね。依頼主によって『おもしろい企画はできても、流通に乗せて売ったことがない』『販売網はあるけれど、新しいネタが出てこない』など、得意不得意があります。まずはお話を伺いながら、企画や製造、販売、PRなど必要なところを伴走する仕事をしています。

おもちゃって、作りたいと思っても相談できるところがないんです。大手のメーカーだと、いくらおもしろい商品でも少ない量は扱えないですし。そうしたときに気軽に相談できる駆け込み寺のような存在になれたらと思っています」

おもちゃを手にしたときの「会話の設計」

おもちゃクリエーター高橋晋平氏インタビューイメージ画像5

「仕事をしていて楽しいと思う瞬間は、商品を手にした人がウケているのを見たとき」と高橋氏

おもちゃを通して人を笑わせたいという気持ちは、この業界に飛び込んだ当時から今もまったく変わらないという高橋氏。だからこそ、おもちゃを作るうえ上で大切にしているのは、それを手にする人たちの間に生まれる「会話の設計」だと言う。

「たとえばUNO(ウノ)というゲームにしても、カードを引きながら『ぎゃー、なんだよー!』みたいなやりとりが生まれるのがおもしろいところですよね。どんなルールにすれば会話が生まれて笑いになるのか、それを想定して作ることが大事。だから、おもちゃを初めて見たとき、渡すとき、受け取ったとき、どういう会話が生まれるのかを想像して書き出す作業をしています。

若手時代は、おもちゃ自体がおもしろければ笑えると思っていたんです。人を笑わせるギャグを言って滑稽な動きをするロボットとか。でも、それはいつか飽きられてしまう。そうではなくて、笑いというのは人と人との関係性のなかで生まれるものなんですよね。だからおもちゃで笑わせるということは、それで遊んだ人たちの間に会話が生まれて、笑いが起きるということなんだと気づいたんです」

実際に会話の設計を意識して作ったのが、「アンガーマネジメントゲーム」だ。これはいわば “怒りのツボ当て” をするカードゲーム。さまざまな出来事が書いてあるカードを引いたプレイヤーが、それにどれくらいの怒りを感じるのかをほかの人が予想して当てるというものだ。

「このゲームを家族でしたことがあって。僕は『洗ったお皿を戻す位置が違う!』と、家でよく妻に怒られるんです。でもそこ、僕の一番の怒りポイントで(笑)。『別に戻す場所が違ってもよくない!?』って、イラッとしちゃう。家族としては普段全然怒らないのに何でそこだけ? となるのですが、言い合いながら笑えてくるんですよ。そういうネガティブな話題のなかで笑いが起こるってすごく楽しいと思うんです。

自分が用意した場で笑いが起きるというのは、お笑いのネタを作っているのと一緒だなと思います。それを感じられる瞬間が、この仕事をしていて一番嬉しいときです」

こうして日々多くのプロダクトを手掛けるなかで、どうしたら新しいアイデアを生み出し続けることができるのか。それには思考の柔軟性を持ち続けることが、一つのキーになると高橋氏は語る。

最高のアイデアだと思ってプレゼン準備をしても、会議では大体反対意見が出るものです。そうすると、頑張って練ったアイデアほどかわいいので、大体思考停止になって次を考えられなくなるんですよね。でもそこでいかに、柔軟にちょこっとやり方をずらせるかが大事なんじゃないかと。

これは訓練になるんですが、僕はアイデアのちょいずらし法をたくさん持つようにしています。一番知られているものとしては『オズボーンのチェックリスト』というアイデア捻出技法。ちょっと規模を小さくしてみる、ひっくり返してみる、何かと組み合わせてみる、といった9種類のアイデアのずらし方があります。それも含めて、僕は自分で77個のずらし方リストを作っています。そうやって瞬時に角度を変えたアイデアを出せるようにしておくことが、最良のアイデアに辿り着く秘訣だと思っています」

おもちゃみたいな存在になりたい

おもちゃクリエーター高橋晋平氏_取材風景2

「落語家になる夢はまだあきらめていない!」

おもちゃクリエーターとして、高橋氏が思い描く今後のキャリアを尋ねてみると、「自分自身がおもちゃになりたい」という意外な言葉が返ってきた。

「僕にとっては、あらゆるものがおもちゃだと思っていて。たとえば、本だって、それが誰かにとって楽しくなったり笑えたりするなら、それはもうおもちゃだと言えると思います。だから、プロダクトの形にこだわりはないんです。10年後はまったく違うものづくりをしているかもしれません。

正直、喋って人を楽しませられるなら、いつか落語家になりたいですね(笑)。とはいえ真っ向から芸人になることは向いていないのでおもちゃを作っているわけですが、ものを作って笑いを取るのも立派な芸だと思っています。

そう考えていくと、やっぱり究極は僕自身がおもちゃになりたいと思っている節があるんですね。この人と話していると笑えるとか、おもしろいと言われる存在になりたい。自分自身がおもちゃのように、みんなに楽しまれるような、そんな仕事をしていけたら幸せだなと思います

取材後記

取材当日、落ち着いた佇まいで「よろしくお願いします」とオンライン画面に現れた高橋氏。インタビューの間、始終ゆったりと穏やかな口調の奥に、笑いの力を信じる揺るぎない情熱が伝わってきた。そのお話を伺っていると、こちらまでワクワクした楽しい気持ちになってしまう。

誰かの100点を目指して頑張るうちに、「やりたいことがわからない」という悩みを抱える人は多い。けれど、高橋氏の生き方に触れると、自分の心にどこまでも偽りなく誠実に進む先にこそ、人生の目的と合致する仕事と巡り合えるのではないかと改めて思えた。

最後のビデオメッセージ撮影の際に、「自分が元気に嬉しい気持ちで仕事をすることに、何よりもこだわってほしいです」という言葉をくれた高橋氏。私にとって、今回こうしてお話が聞けたことが、まさに心底嬉しくて楽しくて仕方のない仕事となった。

おもちゃクリエーターという職業について気になった方は、この機会に職業ナビで調べてみてはいかがだろうか。おもちゃクリエーターに必要なスキルや適正、活躍できる場所などを詳しく解説している。ぜひご覧いただき、自身のキャリア選択に活かしていただきたい。

ビデオメッセージ


YouTube職業インタビューバックナンバー
@ジョイキャリア インタビューチャンネル

高橋晋平氏のご紹介

おもちゃクリエーター高橋晋平氏(株式会社ウサギ代表)

高橋晋平/おもちゃクリエーター
株式会社ウサギ代表取締役。1979年秋田県生まれ。2004年に株式会社バンダイに入社。「∞プチプチ」をはじめ、バラエティ玩具の企画開発・マーケティングに約10年間携わる。2013年には「TEDxTokyo」に登壇し、アイデア発想に関するスピーチが世界中に発信された。2014年に株式会社ウサギを設立。さまざまな企業の企画ブレーンとなり、チーム育成をしながら新商品を立ち上げるなど、多様な形でモノコトづくりを行っている。著書は『一生仕事で困らない企画のメモ技』(あさ出版)など。人生で次にやりたい企画を作る少人数制セミナー「IDEA of LIFE」主宰。

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大学卒業後、女性向け月刊誌の編集者として勤務。その後、ママ向けWEBメディアのディレクターとして、動画コンテンツ制作や、記事サイトの立ち上げを担当。現在は、フリーランスの編集者・ライターとして活動。キャリアや生き方にまつわるインタビュー記事が大好物。心理学やコーチング資格についても勉強中。

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