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笹谷 淳介

笹谷 淳介

鳥取県出身のフリーライター&エディター。ファッション誌の編集部を経て現在に至る。主にファッション・音楽・カルチャー系の紙媒体・ウェブメディアで活動中。音楽と古着がとにかく好きで休日は古着屋かレコード屋にいる可能性大。最近の趣味は町中華で美味しい炒飯を食べること。

2021年6月10日
ツワモノたちのセカンドキャリア

起業家 鈴木啓太(AuB株式会社 代表取締役)/ スタートアップから目指す健康社会の旗手

起業家 鈴木啓太/職業インタビュー

Jリーグ浦和レッズのキャプテンとして数々のタイトルを獲得し、日本代表でも活躍した鈴木啓太氏。2000年の入団から浦和レッズ一筋で現役生活を走り切った彼のプレーに魅了された方も少なくないはずだ。そんな鈴木氏がセカンド・キャリアに選んだのはスタートアップ企業の起業だ。アスリートの腸内細菌を解析するAuB株式会社を立ち上げ、代表として新たな歩みをスタートさせた。今回は鈴木氏のオフィスに訪れ、幼少期の記憶から現役時代のこと、そして経営者として転身した経緯などたっぷりと語ってもらった。

勝つのが当たり前だった、少年時代

鈴木啓太さんのインタビュー風景1

サッカーの根付いた土地で育つ

静岡県清水市というサッカーが根付いた土地に生まれた鈴木氏。幼少の頃は人見知りで活発ではなく、犬から海まで何事にも恐怖心を抱いていたと話す。そんな彼がサッカーを始めたのは幼稚園の年少の頃。近所でサッカーボールを蹴って遊ぶ子どもたちを見て、自分もやりたいと思った。

「僕は年少からサッカーを始めましたけど、清水市では遅い方なんです。僕よりも先に始めた選手がたくさんいて、その子たちをうまいなあと思って見ていた記憶がありますね。清水という土地は本当にサッカーが根付いた街なんですよね」

周りの環境もあってかどんどんとサッカーの虜になっていった鈴木氏。目標を定めて毎日朝からボールを蹴り続けた。当時はまだ日本にプロリーグはなかったものの、幼少期から自分はプロになるんだと心に決めていたという。

「海外に行ってプロのサッカー選手になりたいという思いはもちろんありましたし、読売クラブや日産自動車といった企業でサッカーをやるイメージがなんとなくありましたね。それからJリーグができる話が出てきて、サッカー選手になるんだと決めましたね」

鈴木啓太さんのインタビュー風景2

エリートだと思ったことは一度もない

プロを目指し、幼い頃から強豪と呼ばれるチームでプレーを続けてきた鈴木氏。小学時代は全国大会で準優勝、中学時代には全国大会で優勝という経験を重ねた。一般的にはエリートと呼ばれるキャリアを進んでいるように思えるが、鈴木氏は自分のことを「雑草」と表す。

「正直、自分のことをエリートだと思ったことが一度もないんです。でもこれは感じ方の違いだと思っていて。優勝や準優勝を経験していれば、周りはすごいと言ってくれると思うんですけど、清水という土地では優勝が当たり前なんです。そういう環境で育っているから、準優勝でも大問題というか(笑)。当時は劣等感を感じたりもしましたね。

あと、僕は高校生のとき選手権大会には出場していませんし、静岡県の選抜としてU-18日本代表と対戦したときにはボコボコにやられたりもして……。後に日本代表やJリーグで活躍する選手たちとの対戦ではあったんですけど、勝利を義務付けられた静岡選抜で負けて、挫折というかこれはヤバいと感じましたね」

勝つのが当たり前の環境で、負ける経験もしたがサッカーを諦める選択はしなかった。そこにはプロになるという強い決意と一風変わったメンタル面のトレーニング方法があったからだ。このトレーニング法は今の鈴木氏の生き方にもつながっている。

サッカーってフィジカルを使うものですけど、メンタルも大事なんです。だから、僕は脳を鍛えるトレーニングをしていたんですよ(笑)。今でいうマインドフルネスみたいなことですね。脳って素晴らしい機能ですが、意外とバカで現実と空想を区別できないんです。だから、先に達成したことを想像して嬉しさを感じ、現実で達成するために頑張るというか。

高校1年のときに2010年までの目標ロードマップを作って、目的に沿って行動していったんです。ワールドカップに出て優勝する姿を想像しながら感情移入していき、その喜びを実感するために行動していった感じ。妄想って大事だと思いますよ(笑)。明るい未来を想像しているだけでワクワクしますしね!」

大事なことはサッカーがすべて教えてくれた

鈴木啓太さんのインタビュー風景3

サッカーで多くのことを学んだ

鈴木氏は2000年にプロ選手として浦和レッズに入団した。入団以降、タイトルの獲得や日本代表への選出など選手として輝かしい結果を残してきたが、プロとしてプレーするなかで多くのことを学んだという。

「サッカーがすべてを教えてくれたと思っていますね。プロに入って最初に感じたのは、自分のサッカー観とサポーターやファンの方たちのサッカー観は違うというギャップ。自分たちはいい試合をしたと思っていてもその試合に負けたら悪く言われますし、内容の悪い試合をしても勝てば喜んでもらえるわけですよ。これって仕事をすることと同じだと思うんです。プロは結果を残さないといけないわけで、その対価としてお金や批評がもらえる。そのことに気づけたことが大きいですね。自分の感情を殺してでもファンやサポーター、クライアント、カスタマーを喜ばせなきゃいけないんです」

鈴木啓太さんのインタビュー風景4

無観客試合という大きな経験

サッカーを続けるなかで最終的に気づいたのは、ファンやサポーターの大切さだとも鈴木氏は話す。そう思ったきっかけは2014年に経験した無観客試合。観客がいないなかでプレーをする貴重な経験は彼の原点を思い返す機会にもなったようだ。

「プロ生活を送るなかで無観客試合はすごく印象に残っています。やはり共感や共有をすることが大事で。いくら自分がうまいプレーを見せたい、日本代表に入りたいと思ってもそれを共感してくれたり、共有してくれる人がいなければ価値がないと思うんです。無観客試合でそこは強く感じましたね。僕は何のためにサッカーをしているんだろうと。

この経験でプロを目指した原点も再確認できたんです。初めはサッカーって楽しそうだなという思いからスタートしたわけなんですけど、楽しいだけじゃ続けていないと思うんですよ。初めてゴールを決めたとき、母親が拍手をして喜んでくれたから僕はサッカーを続けてこれたと思う。人が喜んでくれた原体験が今の僕を構成していると思います」

共感や共有の重要性を学んだプロ時代。無観客試合で得た大きな経験は現在の鈴木氏にとって大きな一翼を担っている。

現役を引退。経営者としてのスタート

鈴木啓太さんのインタビュー風景5

わからないから出来た、スタートアップ企業の経営

現役時代から引退後にビジネスをやってみたいと思っていた鈴木氏。引退後の選択肢としてサッカーに携わることも考えたが、まずは外に出てさまざまなことを学んだうえでサッカー界をより良いものにしていこうと思った。

そんな彼が、セカンド・キャリアに選んだのは、スタートアップ企業の経営。それも腸内細菌を解析したデータをもとに食生活改善などのコンサルティングや腸内環境を整えるための食品開発を行うというサッカーとはかけ離れた事業内容だった。鈴木氏自身「なんで? って思いますよね」と話す。

自分でも何でやっているんだろうと思うんですよ(笑)。でもわからないからできたと思っていて。サッカー選手を志したときと同じなんです。正直、今だったら小さい頃の『鈴木啓太くん』にはサッカー選手なんてなれないよってアドバイスすると思うし、現役を引退した『鈴木啓太くん』にはスタートアップの社長なんて出来ないからやめておけって伝えます。

でも、『鈴木啓太くん』は言うんですよ。『そんなのやってみなきゃ分からないでしょ!』って(笑)。でも本当にその通りで分からない分野だからこそ、僕にしかできないことがあると感じて起業をしたんです」

鈴木啓太さんのインタビュー風景6

実際に仕事をする鈴木氏

突拍子もないとこから出たように感じる事業内容だが、腸内細菌と鈴木氏には深いつながりがあった。それは幼少期に母親から「人間は腸が一番大事」と言われて育ったこと。幼い頃から腸内環境に気をつけ、コンディションを整える際にも大事にしていたのは腸だった。今でこそ、「腸活」という言葉がポピュラーになっているが、鈴木氏にとっては20年以上前から当たり前のように行っていることだった。

また、会社を起業した背景には、ファンやサポーターと交わした会話も大きなきっかけになっている。

「浦和レッズの観客動員数は2006年から2008年は平均で4万5千人でした。しかし2013年ごろになると3万5千人と1万人くらい減少したんです。その理由は何だろうと思って、ファンやサポーターの方にお話を聞くと、『歳を重ねて、最近はスタジアムに行くのも大変なんだ』と教えてくれて好きなことでも健康でなければ出来なくなるのかと思ったんです。

そんなときに出会ったのがうんちで健康状態を測る記録アプリを作っている方でした。話をしていくうちにアスリートの腸内環境を調べたらおもしろいねとか、健康でいてもらうためにはという話で盛り上がって。自分はもともと腸内細菌に気を使っていたし、ファンの方に健康でいてほしいとも思っていたので、カチッとハマったんです」

当時はどのくらい可能性があるか分からない仕事だったが、今後、必ず誰かがやることになる仕事でもあるし、それならまず自分でやってみようと思い起業を決意。“知らない”ことを強みに変えて、セカンド・キャリアをスタートさせた。

周りの人間の支えがあるから、苦難も乗り越えられる

鈴木啓太さんのインタビュー風景7

信頼できる仲間の存在

会社を起業するにあたって大変なことはやはり資金調達や事業計画を明確にすることだった。サッカー選手として活躍していた鈴木氏にとってその2つは未開のもの。とくに資金調達に関しては大きな苦労をしたという。「会社を始めてからはすべてが苦労。そもそも資金調達自体、何をすればいいか分からないですし、調達をする際には事業計画を説明できないといけません。それが本当に大変ですよね。でも僕の周りには一緒に仕事をしてくれる方がたくさんいて。四苦八苦しながら考えてくれているからこそ今があると思います。

正直、大変なことは多々ありますけど、分からないことを解明しようとしたり、出来てないものを作ろうとしたりすることは楽しいし、自分たちの仕事や研究に対して、どれだけプライドを持ってできるのか、それを自己満足で終わらせるんじゃなくて、どうやって社会実装していくのかというシンプルな答えに辿り着いてからは気持ちが楽になりました」

鈴木啓太さんのインタビュー風景8

社内でミーティングを行う、鈴木氏

信頼できるメンバーを集めるのも経営していくうえでは重要なことだ。現在AuBには多くの社員が在籍している。きっかけはさまざまで知り合いを通じて出会った社員もいれば、熱意あるDMが送られてきて仲間になった社員もいる。そうしたメンバーをまとめるのが鈴木氏の役割だ。浦和レッズ時代にキャプテンとして活躍していた背景からまとめることは得意だと思っていたが、そんなことはないと話す。

「キャプテンシーは僕にはないですよ。逆に僕がマネジメントされてる(笑)。でもそれでいいんです。僕は求心力があるタイプではなく、優秀な人の舵取りがうまいタイプだと思うんです。だからキャプテンシーのある人たちがたくさんいる方がいいんですよ」

自らが引っ張るだけがキャプテンではない。これは個性の強いメンバーが揃っていた浦和レッズのキャプテンを務めた鈴木氏ならではの考え方なのかもしれない。

人も社会もコンディショニングしていきたい

鈴木啓太さんのインタビュー風景9

鈴木氏のチャレンジはまだまだつづく

インタビューの最後に、会社としての今後のビジョンを鈴木氏尋ねた。

「まず、AuBとしてはすべての人をベストコンディションにするというミッションを掲げていますし、人も社会もコンディショニングするビジョンがあります。とくに僕は社会をコンディショニングすることが大事だと考えていて、社会が健康で正常に回っていくためには人々の健康が不可欠だと思うんです。AuBがすべてを変えるわけではく、さまざまな方たちとともに健康に貢献していければと考えています。プロダクトやサービス、デバイスを通じて社会をコンディショニングしていきたいですね」

AuBが開発した商品の画像

AuBが開発したプロダクト

そして個人としてのビジョンについては、サッカーへ恩返しをしたいという思いが強い。鈴木氏は続けて話す。

「僕個人としてはサッカーに育ててもらった恩返しがしたいので、1つの形としてAuB社の立場で浦和レッズの経営に携わりたいと思っています。また僕は、夢に向かってチャレンジすることや自分の好きなことをいくつになってもできることが大事だと思っています。そういう健康的な世の中の実現の一端になれればいいなと思いますね! 僕は、人の喜ぶ顔が見たい。本当にそれだけなんです」

鈴木啓太さんからのビデオメッセージ


YouTube職業インタビューバックナンバー
@ジョイキャリア インタビューチャンネル

取材後記

サッカー選手・鈴木啓太が大好きだった、自分からしてみればこのインタビューは至福のひと時。憧れだった選手のお話を聞けるのは非常に貴重で楽しい時間だった。またビジネスマンとしての姿勢、特に異業種への転身を心の底から楽しむ姿勢と真摯に腸内細菌に向き合う姿勢は見習いたいと思う。現役を引退してもバイタリティが溢れる鈴木氏。人々が健康で笑顔な社会をきっと作ってくれる、そんな期待を込めてこの原稿を終えようと思う。

鈴木氏のような起業家に興味を持った方は、ジョイキャリア職業ナビで「起業家」を調べてみるといいだろう。「起業家」に必要な能力やスキル・適正など、さまざまな角度から「起業家」という職業について解説されている。それらも参考にしながら、ぜひ自身のキャリア選択に活かしていただきたい。

鈴木啓太さんの紹介

AuB株式会社 代表取締役 鈴木啓太さん
鈴木啓太/AuB株式会社 代表取締役

1981年生まれ、静岡県出身。2000年に東海大翔洋高校を卒業し、Jリーグの浦和レッドダイヤモンズ(浦和レッズ)に入団。攻守を支えるボランチとして活躍。2006年のJリーグ優勝、07年のAFCチャンピオンズリーグ制覇などのタイトル獲得に貢献。ベストイレブンを二度獲得。日本代表では国際Aマッチ通算28試合に出場。イビチャ・オシム監督が指揮を執った期間、唯一全試合にスタメンで出場。2015年シーズンの現役引退まで浦和レッズ一筋を貫いた。引退後は実業家に転身し、アスリートの腸内細菌を研究するスタートアップ企業AuB(オーブ)株式会社の代表取締役を務めている。現在、アスリート700人、1400検体以上の解析をもとに、腸内環境を整えるサプリメント『AuB BASE』、プロテイン『AuB MAKE』を発売している。

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