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ジョイキャリア中のヒト、新しいサービスやビジネスモデルに出会うと興奮を抑えきれずに記事を書いたり、インタビューに出たりと好き放題。とにかく仕事を楽しむこと、楽しい仕事をすること、新しい価値を生み出すことに情熱を注いでいる。「温泉ワーク」を研究中

2018年9月10日

ジョブズも心酔した「禅」の世界(後編) 禅とZEN、マインドフルネスの違いとは?

ビジネスシーンで最近見聞きする謎のワード「禅・Zen・マインドフルネス」、それが何なのかはなんとなくわかっていても、それぞれを理解し違いを明確に説明できるビジネパーソンは少ないだろう。今回はそれを解消すべく日本の禅が発展し現在まで禅の考えを世界に発信しつづける地である鎌倉へと向かった。全2回にわたる記事の2回は「禅とZenとマインドフルネスの違い」をお届けする。


ジョブズも心酔した「禅」とは?前編はこちら
前編では主に禅の概念となる考え方や歴史について解説している。

Zen2.0イベント開催は鎌倉五山の建長寺

鎌倉五山、第一の禅寺 建長寺

Zen2.0が開催されたのは、鎌倉五山の第一位に上げられる建長寺だ。さすがZenを冠名にしたイベントだけあってすごい場所を会場にするものだ。オープニングセレモニーの会場となるのは有名な唐門のある方丈(龍王殿)、9月も過ぎたというのに35度を超える残暑の中で冷房なしのすし詰め状態の会場。

しかし、四方を障子で囲んだ和の匠の建築はそんな暑ささえ気にならない程に、薄暗さの中に照明と陽の光による絶妙なバランスが視覚を和ませ、時折吹き抜ける風が肌に一瞬の涼しさを運び、線香の香りが嗅覚に懐かしさを呼び覚ます。まるで心臓の鼓動のように安心感を聴覚に与える木魚の音、そこに持参したお茶で喉を潤す。もはや冷房などという文明の機器は必要としない五感全てを感じることが出来る空間となるのである。

さて、話をオープニングセレモニーに戻そう。なんとかここで禅とZenとマインドフルネスの違いを紐解くヒントを得たいところだが。

般若心経の読経と坐禅

イベントの開始は全員での般若心経の読経から

セレモニーは、参加者全員による般若心経の読経と建長寺 吉田正道 老大師のお言葉から始まる。背筋を伸ばして大きな声で般若心経を読み上げると、心が晴れていくような気がする。それにしてもみなさん大きな声で読むものだ。

続く大老師からのお話は、坐禅について、

坐禅では想いを断ち切り無になることが大事」とのこと。大自然に没し、天地と宇宙までを感じるのだという。

さらに、「坐禅についての書物はたくさんあるが、それは理屈であって、全ての人が同じように感じる訳ではない、自分の体で実践することが大事」とのこと。

私が持っていたモヤっとした疑問をズバッと言ってくれた!感動!!

そう、禅は坐禅という実践から自分の中のこころにある「ほとけ」を呼び起こすものなのだ。理論や理屈だけでは理解できない自分だけの感覚というものがそこには存在するのだろう。暑さなどというものも禅の前では、むしろ自分の感覚を研ぎ澄ましてくれるプラスの要素にしかならないのである。

と、大老師の話にすっかり聞き入る私の横から謎紳士が声をかけて来た。

聴けば何やら次のプログラムで講演するとのことで、お名前をお聞きし、プログラムを見ると日本のマインドフルネスの第一人者らしい!これは行かねば!

マインドフルネスと禅の違い

荻野淳也|マインドフルネス、コンパッションによる静かなる世界変革~Wisdom2.0-asia開催に向けて~

オープニングセレモニーで出会った謎の紳士は、一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート代表理事で慶應義塾大学大学院システムデザインマネジメント研究科特任教員(非常勤)も務める日本のマインドフルネスを牽引するリーダーだった。

Googleで開発されたマインドフルネスに基づくリーダーシッププログラム、SEARCH INSIDE YOURSELF(SIY)やスタンフォード大学で開発された脳科学に基づくコンパッショントレーニング、Compassion Cultivation Training(CCT)、それぞれの講師養成講座を修了し、大手企業をはじめ沢山の有名企業にもマインドフルネスのトレーニングをされているのだそう。

これはマインドフルネスを知るのにはうってつけだ。

さて、荻野氏の話によるとマインドフルネスはメディテーション(瞑想)とインテンション(意図)から成り立っており、自分がどうしたいのかを考えることが大切とのこと。さらに、企業においては従業員のプレゼンティーズム(欠勤はせずに出勤はしているが健康上の問題でパフォーマンスが上がらない状態)などの課題解決に活用されているとのこと。

このマインドフルネス自体は素晴らしいものではあると思うが、目的や効果を期待せずにひたすら座り自分とただ向き合うだけの「禅」の考え方とは少し違うようである。

マインドフルネスというのは、坐禅の一部である「瞑想」の部分を呼吸や脳、自律神経など身体的効果に科学的根拠を持たせた神経のコントロール方法であり、荻野氏自身も「坐禅とマインドフルネスは別物」とおっしゃるように、その先には禅の精神に行き着くこともあるが別物であると捉えて良いだろう。

Zenと禅の違い

禅宗の祖、達磨大使

また、アメリカを中心とした海外でのZenの概念は定かな情報はない。ここまで調べた状況から判断すると、理屈や合理性を重んじる西洋の考え方と、想像性を重んじる東洋の考え方の違いに加えて、宗教観も影響しているものと推測される。

目的を持たない坐禅としての禅は東洋的、目的をもつマインドフルネスの要素を含むZenは西洋的とも言えよう。さらに勝手な推測にはなるが、西洋ではすでに信仰する宗教をもつ方々が多くいるため、禅宗として禅に没頭することは難しく、科学を元にした治療的な位置付けのマインドフルネスとしてZenを捉えられているのではないだろうか。

どうやら、疑問に対するアンサーは出たようだ。

  • 「禅」
    座禅をする事で心を空にし、我欲に左右されず真実を見つけるほとけの心 
  • マインドフルネス」
    座禅を科学的に分解・分析して瞑想と呼吸により身体的な効果を得る手段 
  • 「Zen」
    坐禅をマインドフルネスとして目的を持たせ禅を概念として捉えた思考 

と、こんなところでいかがだろうか?(あくまで個人の見解である)

こうして時代とともに変わってはいる禅だが、およそ1500年前に達磨大使により開かれた禅が中国で発展し日本の風土で磨かれ、さらに全世界に広がっている。明治維新より日本から世界に渡ったZenもまだ発展段階、中国の禅が日本で変わり発展したように、これから時間をかけて本来の禅の心がさらに宿って行くことことだろう。

まだまだ引き続き調査の必要はありそうだが、そこは禅の教えに従い実践から学び取ることにしよう。

さぁ疑問も晴れたことだし、次からは禅の活用シーンについてZen2.0で受講したプログラムをご紹介しよう。

禅と人工知能・AIの関係

龍も驚く!禅とAI|三宅陽一郎 氏

禅と人工知能。。なんと崇高なテーマなのだろうか・・・襖に描かれた後ろの龍もあんぐりである。

人の内面にある「ほとけ」の心を引き出す禅と、人が作り出すもう一つの知能である人工知能(AI)。。一体どういうことなのだろう?

そんなテーマで講演をされる三宅陽一郎氏は、大手ゲーム会社のスクウェア・エニックスのリードAIリサーチャーという肩書きでゲームAIなどを開発しているそう。さらに「人工知能のための哲学塾 東洋哲学篇」という書籍も執筆しており哲学と人工知能に深い造詣を持たれているようだ。間違いなくスゴイに違いない。

人間のことをわからないと人工知能は作れないと言う三宅氏は、人工知能について、

「人はお互いを理解してコミュニケーションを取る。人間が人工知能を理解することはできても、人工知能が人間を理解することが出来なければ人工知能は作れない。人工知能は科学と哲学が絡み合う面白い分野。」

と言い、ご自身の仕事を、

「人間は煩悩から解脱しようとするが、人工知能は何の欲望もないただのポリゴンの塊。なので僕の仕事はゲームのモンスターやキャラクターたちに煩悩を与え堕落させることが仕事。人工知能が煩悩をもてるようになれば物事に執着して苦しんで自ら戦うようになる。」

という。西洋的な考え方で物事を分解して論理的に積み上げてゆく方法が主流の今の人工知能だが三宅氏は、

「人工知能に禅をさせることが出来れば、一旦、今の世界の意味を失わせクリーンアップし、その上に新たな仕組みを構築することが出来るのではないかと考えている」

コンピューターに禅をさせるとと言う発想。とても壮大な世界観だ。これから煩悩を持ち、禅を行う人工知能が出てくることがあればそれは間違いなく三宅氏が関わっているものと思い楽しみに待ちたいと思う。

禅とハードルの違い

禅とハードル|Deportare Partners代表 為末大氏

ハードルは、あの陸上のハードルである。

講演をするのは、何とあの為末大氏だ。為末氏といえば、陸上ハードル競技で、オリンピック3大会連続出場に世界陸上2大会で銅メダル獲得、日本人でも小柄な体格で海外のどでかいアスリート達と互角の戦いをしてきた日本陸上最強のアスリートである。(少なくとも同年代の私はそう認識している。)

確かにテレビで見ると、知的で冷静なコメントをよく拝見するのに加え、クイズミリオネアでも1,000万円を獲得した博学として記憶している。為末特集になりそうなので、このあたりにしよう。

さて、為末氏によると陸上競技やスポーツ選手で禅に興味を持っている人は多いと言う、確かに野球のイチロー選手やゴルフのタイガー・ウッズ選手など禅に取り組んでいる選手もよく見聞きする。やはり、気分や体調、天気などほんの僅かな違いで勝敗を分ける競技者にとっては自分の心をより深く知ることが必要なのだろう。

世界陸上エドモント大会でリベンジの銅メダルを獲得した為末氏

そんな為末氏が代表を務めるDeportare PartnersのWEBサイトの冒頭にこんなコピーが掲載されている。

スポーツとは祝祭である。日常を離れて憂いをとり去ることである。身体を遊ぶことである。また、競技者に熱狂することである。

うむ、、確かに哲学的である。為末氏は初めて出場したオリンピックのシドニー大会では予選で転倒し敗退、本番で冷静な判断と普段以上の力を発揮するには体だけでなく心の鍛錬が必要と言うことでスポーツ心理学を学び、その翌年の世界陸上では見事、日本選手初となる銅メダルを獲得し一躍スターアスリートとなる。

その後スランプを迎えるが、そこで考えて行き着いた先は、体はどうやっても海外選手には勝てない。ならば日本人の特性を発揮する体にして1番ではなく、どんな状況でも常に2番・3番あたりにいるような選手を目指そうと自分らしく変えることにし、銅メダル獲得から4年後の世界大会で再び銅メダルという快挙を成し遂げたという。

常に自分と向き合い、やり方を変えて行った為末氏、小さな体で世界のトップアスリートとして君臨し続けたその心には意識せずとも自然な形で禅の心が身についたのだろう。

Stay hungry, Stay foolish- スティーブ・ジョブズ

鎌倉 由比ヶ浜に現れた虹

最前線で奮闘するビジネスパーソンには孤独や人には解らない苦悩や葛藤が必ずある。禅の考えでは、そんな苦悩や葛藤があるからこそ、自分と深く向き合い真の心を見つけることができるのかもしれない。

ゆっくりと自然に湧き出る自分の内面の感情と向き合い、心を知る事でどんな状況の中でも自在に心を操る術を身につける禅。最後は自分を信じるしかない決断を日々行うビジネスマン達にも受け入れられる理由が納得出来た。

そして、情報やテクノロジー、科学の発達により手に入れられないモノは殆どない時代において、求めれば求めるほどに浮き出るモノだけでは充足しきれない空虚感。禅はそんな時代に人間の心を改めて見つめ直し、生き方そのものを考える機会を与えてくれるのだろう。

禅とZenとマインドフルネス、少し違えど、行き着く先は心の充足ということは同じ。自分の心に少しでも迷いがあるビジネスパーソン達は一度坐禅を試してみてはいかがだろうか。

今回は、概念的な部分を少し知れただけで、禅に直接触れることは出来なかった。次はぜひ坐禅を体験し、世界を魅了する禅の世界をもっと知りたいと思う。

最後に、ここまで読んでいただいた悩めるビジネスパーソン達にこの言葉をお贈りして締めとさせて頂こう。

Stay hungry, Stay foolish
(ハングリーであれ。愚か者であれ)
by Steve Jobs

ジョブズも心酔した「禅」とは?(前編)お見逃しの方は、改めてこちらよりご覧ください。

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