この記事を書いたライター

高木晋哉

高木晋哉

神奈川県横浜市青葉区青葉台出身。桐蔭学園高等学校出身。 早稲田大学教育学部国語国文学科に入学、三年次退学。 2003年4月、同級生であった池谷和志氏とジョイマンを結成、東京NSCに8期生として入学。 2013年、『ななな』(晩聲社、2013年)を出版。

2020年10月28日

ジョイマン高木の【キャリアの斜陽】10回『本が作ってくれた僕だけの秘密基地』

ジョイマン高木の連載コラム「キャリアの斜陽」10回

人は沈みかけた時に真価が問われる。それは仕事のキャリアにおいても同じことが言えるだろう。一発屋と言われながら長期に渡り陽を浴び続けるお笑い芸人ジョイマンの高木晋哉、彼のキャリアはそんな斜陽に居続けるかのようだ。高木氏のキャリアを振り返る連載企画「キャリアの斜陽」。

第10回のテーマは「読書」についてです。軽快なリズムで言葉を繋げるラップの原点は、読書から得た言葉の大切さにあるのでしょうか?読書の秋、本から素敵な言葉に出会ってみてはいかがでしょうか?

読書の原点は『ズッコケ三人組』

本との出会いは少年時代の図書館

お疲れ様です。ジョイマンの高木晋哉です。最近、たまにある取材などで「本は読みますか?」とか「どんな本を読んでいますか?」などの質問を受けることが増えたように感じます。ツイッターで書いているポエムの真似事のようなものや、このジョイキャリアさんのコラムの仕事の影響なのかなと思っています。

そういえば、昔から読書は好きなほうだったとは思います。でも子供の頃、特に小学生の頃は文字ばかりの小説より漫画のほうが好きでした。やはり絵があったほうがその本の世界に入り込みやすいですから。

漫画以外だと図書館にある本くらいしか触れ合うことはなかったのですが、覚えているのは『かいけつゾロリ』のシリーズです。あまり集中力の続かない子供を飽きさせない工夫がたくさんあって、お話も痛快で笑顔になれる本でした。このシリーズは漫画と絵本の中間くらいの読みやすさがありました。

その後、もっと文字が多めの本で初めてその世界に入り込めたのは『ズッコケ三人組』シリーズです。
小学生の“ハチベエ”と“ハカセ”と“モーちゃん”の三人組が巻き起こす、これも本当にワクワクしたり笑顔になれるお話ばかりなのですが、本の世界に入り込んで周りが見えなくなり、現実と本の世界の中間でふわふわと漂う、そんな熱に浮かされたような不思議な感覚を覚えました。

そんな感覚は、この『ズッコケ三人組』が初めてかもしれません。子供の感覚としてはページ数も結構あったと思うのですが、面白くて一気に読破してしまっていました。絵が少ない本には、漫画とは少し違う脳内の強い興奮があるということを知りました。漫画よりも絵の助けが少ないぶん、頭の中で想像力がフル回転するのです。

本の世界に逃げ込んだ思春期

読書が現実逃避になった思春期

中学生になってからは運動系の部活に入ったこともあって、あまり図書館には寄り付かなくなりました。漫画ばかり読んで小説などはあまり読まなかったように思います。夏休みの読書感想文のために一年に一冊読むというような感覚でした。

当時は『ドラゴンボール』に『スラムダンク』に『稲中卓球部』などなど、伝説級に面白い少年漫画がたくさんあり過ぎたからかもしれません。

ただ、高校生になり全く新しい環境に身を置くと、僕は思春期特有の強すぎる自意識過剰によって友達作りに失敗し、高校の三年間を通じて友達が一人も出来なかったのです。

自分が周りに比べて異質なものに思えて、周りの目をやたら気にするようになりました。この自意識のビッグバンによって生まれたブラックホールに自分自身が吸い込まれ、どんどん内にこもり閉じこもるようになってしまいました。

友達もいなくて、親とすらほぼ会話もないような毎日。僕はだんだんと、自分の中にいる、この世の全てをシニカルに鼻で笑うもう一人の自分と対話をするようになっていました。

今ならそれが、この世界と上手に付き合えない現実の自分と、頭に描く理想の自分とのバランスをとるための、人間のねじれた防衛本能なのだと何となく分かるのですが、その時は何が何だかわからずに落ち込んで、せめてもの現実逃避のために本の世界に逃げ込むようになりました。

本を読むことで拡がる自分

読書で広がる自分の宇宙

その時に読んだのが太宰治さんの本でした。『人間失格』や『斜陽』から始まって、純文学にはまっていったのです。(余談ですが、このコラムのタイトル「キャリアの斜陽」は僕が提案したものではないのですが、案を出していただいた時は何だか運命的なものを感じました)

その後、好きな作品にたまに出てくる作家さんの名前などを調べて、読む作品が枝分かれして連なっていき、どんどん色々な人の小説を読みました。その中でも繰り返し読んでいるのは太宰治さん、村上龍さん、村上春樹さんの作品です。

共通するのは、この方たちの作品を読んでいると、自分の内側にモヤモヤと渦巻く黒い煙のような得体の知れないものを、美しく、丁寧に、時に荒々しく、そして圧倒的な熱量で次から次へと言葉にして、僕のささくれだった心を整理していってくれているように感じました。

本を読むにつれて、閉じこもっていた自分の内側の狭くて薄暗い場所が言葉に埋め尽くされながら、ぐいぐいと広がっていくのを感じました。

外の世界と上手く折り合いをつけられなくて逃げ込んだ自分の中の世界が、意外にも広々としていることに気付いたのです。本を読むことで外に向かっていけたというよりは、自分の内側の宇宙に気付かせてくれたのです。

言葉に出会い、表現することの意味

書くことで深まる言葉の表現

本から得られる言葉の数々は、その時の自分にとって、とても救いになる体験でした。形の分からないものを言葉に出来るという事実に、とても感動しました。

それから僕はモヤモヤを抱えた時は、とにかく頭に浮かんだどんな小さな言葉でも日記に書き起こすようにしています。

それは抽象的だったり、文法はめちゃくちゃだったりするのかもしれませんが、ただただ正直な表現なのです。どうやって表現していいか分からない人間の感情をなるべく正直に言葉にすること、それは人類が言葉を生み出した目的の一つではないでしょうか。

日記を書くことはストレス解消にも良いと思いますので、皆さんにもお勧めです。何かとストレスを抱えることの多い現代社会。しかもこのコロナ禍で、先の見えない状況にモヤモヤとしている人も多いと思います。

ぜひ誰も見ていないひっそりとした自分だけの場所で頭の中を言葉にしてみて下さい。頭の中のモヤモヤがすっきりしますし、僕の経験では、こぼれた言葉の大半は確かにガラクタなのですが、これからの薬になるような言葉が見つかったりもします。

その中にはきっと皆さんの仕事に役立つものもあると思います。僕も読書が好きになったり、書くことを習慣にしたおかげで、このジョイキャリアさんのコラムを担当することが出来ましたから。今ではそのきっかけとなった友達のいなかった高校時代も無駄ではなかったのかなと思えています。

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神奈川県横浜市青葉区青葉台出身。桐蔭学園高等学校出身。 早稲田大学教育学部国語国文学科に入学、三年次退学。 2003年4月、同級生であった池谷和志氏とジョイマンを結成、東京NSCに8期生として入学。 2013年、『ななな』(晩聲社、2013年)を出版。

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