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高木晋哉

高木晋哉

神奈川県横浜市青葉区青葉台出身。桐蔭学園高等学校出身。 早稲田大学教育学部国語国文学科に入学、三年次退学。 2003年4月、同級生であった池谷和志氏とジョイマンを結成、東京NSCに8期生として入学。 2013年、『ななな』(晩聲社、2013年)を出版。

2021年6月17日

ジョイマン高木の【キャリアの斜陽】14回|『この世界はラップで溢れている』

ジョイマン高木の連載コラム「キャリアの斜陽」14回タイトルイメージ

人は沈みかけた時に真価が問われる。それは仕事のキャリアにおいても同じことが言えるだろう。一発屋と言われながら長期に渡り陽を浴び続けるお笑い芸人ジョイマンの高木晋哉、彼のキャリアはそんな斜陽に居続けるかのようだ。高木さんのキャリアを振り返る連載企画「キャリアの斜陽」。第14回のテーマは「変化を受け入れること」です。パンデミックで変わった環境に適応し、挑戦を続けることで切り開くラップの新境地。そんな高木さんが気づいた発見についてです。

コロナ禍で始めたYouTube

ジョイマン高木の連載コラム「キャリアの斜陽」14回イメージ画像1

芸人とファンを繋いだYouTube

お疲れ様です。ジョイマンの高木晋哉です。

皆様いかがお過ごしでしょうか。世界規模のパンデミックによって、刻一刻と変わるビジネススタイル、ライフスタイル。お笑い芸人である僕も、当たり前のようにずっと近くにいてくれた「生のお客様」という存在を失い、モチベーションや、これから目指すべき方向を決めかねているような、どこか宙ぶらりんな気持ちで今を過ごしています。

最近、お笑い界ではYouTubeチャンネルを立ち上げる芸人が多いです。やはり昨今の事情もあって仕事の絶対量が激減し、それならば自分たちで自由に発信できる場所をつくろうという非常に前向きな流れだと思います。

もちろん、ジョイマンも去年の暮れからジョイマンチャンネルを立ち上げ、今年の年始からは「今日のラップ」という一日一節のラップをお届けする短い動画を毎日更新し続けています。

始めた当初は、とりあえず1年間という目標でしたし、新ネタという縛りがあるわけでもないので「ラップ365個かあ、今まで15年このネタでやってきてるわけだし、いけるでしょう」と思っていました。

しかしその思惑は3月初旬くらいで、脆くも崩れ去りました。悲しいです。

いざ動画に残すとなると、クオリティはもちろん、何より自分の好きなラップじゃないと観てくれている方々に失礼だし…。などと考えていたら、たった2カ月で今までの15年分のネタを全て使い果たしてしまったことに気付いたのです

やって気づいた1日1ラップの壁

ジョイマン高木の連載コラム「キャリアの斜陽」14回イメージ画像2

韻を踏むことに集中する日々

そうなんです。今まで15年間やり続けてきたネタですが、胸を張って世間に出せるものとなったら実質60個くらいしか無かったのです。恥ずかしいです。

今までの15年間、自分のお気に入りの60ラップだけでやりくりしていたということが、意図せぬタイミングで判明したのです。とっても恥ずかしいです。

確かに、思い返せば、最近ではネタを作る必要に迫られた時に新しいラップを考えることはあるものの、常にラップのことを考えていたかと言われたら、そうではなかったように思います。

なぜそんな怠惰な生活を何年も送ってしまったのでしょう。情けない。

韻を踏むことを怠っていたツケは、いつだって、本当に韻を踏みたい時、踏まなくてはならなくなった時に回ってきます。そんなことは当たり前に分かっていたはずじゃないか。

僕はなんて馬鹿な男なのでしょう。もう僕には何もありません。僕には、明日から踏む韻が無いのです。

しかし、嘆いてばかりはいられません。とにかくこれからは毎日1つずつラップを作らないといけない。毎日更新ですから、足を止めるわけにはいかない。今はラップを作るためだけに脳を回転させなければいけない。

テレビに出始めて、ネタ作りに追われていた2008年頃には自然にやっていたのかもしれませんが、その頃の脳の使い方に戻していかないと1日1ラップは無理かもしれない。

頑張ろう。テレビによく出ていた頃、ディレクターが急に出してきた「今の日本の政治をラップで切って!」というカンペを見て、背中に冷たい汗を感じながら無理やりラップをひねり出していた頃を思い出せ。

続けることで息を吹き返すラップの感性

ジョイマン高木の連載コラム「キャリアの斜陽」14回イメージ画像3

悩む日々から見つけたラップネタの奥深さ

それからというもの、僕は今まではポエムのようなものを主に書いていたツイッターで、ラップのかけらを書き留めるメモ帳のようなイメージで小さなラップを呟くようになりました。

移動中に目に入ったものでラップ。
ネットニュースの見出しでラップ。
映画を観ながら実況ラップ。

だんだんと韻を踏むことが日常になり、目に映るものはもちろん、触れるもの、聞こえる音、味覚や嗅覚、吹く風、落ちる葉、差す光、とにかく自分を取り囲むこの世界のあらゆるものに、韻が隠されていることを改めて認識するようになりました。

徐々にですが、韻を踏む感覚が研ぎ澄まされていくのを感じました。感性が研ぎ澄まされた今では「缶、びん」もラップに聞こえますし、もう「辻ちゃん加護ちゃん」や「ウッチャンナンチャン」もラップです。

これはラップだ、これはラップではない、という下らない境目のようなものは限りなく薄れ、全て自分で決めることが出来る。

全ては自由だ。そんな、国境の無い平和な世界をイマジンしたジョン・レノンのような気持ちでラップにアプローチできるようになりました

15年間それなりにやってきたと思っていたラップネタですが、どうやら、まだまだ奥が深いようです。それは、良いことなんて無いと思ってしまいがちな、このコロナ禍における自分なりの素敵な発見でした。

災い転じて福となす。仕事が無くなったら我先にYouTubeチャンネルを立ち上げる逞しい芸人達のように、転んでもただでは起きない人類であって欲しい。

そろそろ「今日のラップ」を始めて半年が過ぎようとしています。僕はまだ韻を踏み続けています。たまに「流石にもうネタ切れか」などとYouTubeにコメントを頂くこともあります。

しかしそのコメントは少し僕を買いかぶり過ぎです。もうずっと前、4か月も前にネタは尽きているのです。皆様、チャンネル登録よろしくお願いします。

今日のラップは、YouTubeジョイマンチャンネルでご覧ください。

ジョイマン高木さんの連載一覧(インタビュー含む)

ジョイマン高木-独占インタビュー

前編:一発屋の光と影。「サイン会0人事件」を乗り越えて
後編:「大丈夫だよ、意外に」どん底で見つけたポエムというJOY

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神奈川県横浜市青葉区青葉台出身。桐蔭学園高等学校出身。 早稲田大学教育学部国語国文学科に入学、三年次退学。 2003年4月、同級生であった池谷和志氏とジョイマンを結成、東京NSCに8期生として入学。 2013年、『ななな』(晩聲社、2013年)を出版。

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